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3話




 「……だ、脱線っ!? どうして……」


 そんな事を口走る私を乗せたまま、激しく震動しながら少しづつ傾いた客車が、唐突に戻ると同時に横向きになりながら線路を逸脱し、車輪と車輪の間にレールを挟みながら横滑りしていきます!! 後ろの客車とは最初の衝撃で連結部分が外れてしまったのか、ドシンという鈍い音と共に窓ガラスが砕け散り、真横から後ろの客車の継ぎ目がぶつかりました。


 ……ああ、こうして私達は何も判らないまま、死んでしまうの……?


 次々とやって来る異常事態で頭をクラクラさせながらそう思い、ガリガリと客車が擦れて響く嫌な音を聞いていましたが、何とか転覆せずに客車は停まりました。


 「……停まったか……おい、みんな! 身体に怪我は無いか?」


 ハンスさんの声で我に返り、慌てて自分の頭や身体に手を当てて探ってみますが……痛みはありません。


 「ミケーネ、オリビア、レン!! みんな大丈夫!?」


 私が声を掛けると、三人は同じようにお互いや自分の身体を確かめてから、


 「……大丈夫……みたい」


 「何が起きたの……列車、停まっちゃったの?」


 「ハンスさんは怪我してないですか」


 どうやらみんな無事なようです。ハンスさんも襟元に落ちたガラスを慎重に取り除きながら、


 「ああ、問題は無い……しかし、まさか砲撃されるとは思わなかったな」


 呟いた言葉に私は驚きました。ここは国境から程近いけれど、戦場なんて遥か彼方の筈……況してや、我が国は諸外国と違って大々的に戦争に参加はしていないのです。敵対する国なんて……


 「いや、今はそれよりも機関車がどうなってるかだ……行こう、見てみないと何も判らん」


 ハンスさんはそう言うと、身体を打って呻く声や泣き出す子供を宥める母親の声で騒然とする車内から出よう、と私達を促しました。


 幸いにも列車の速度は緩やかだったせいか、思った以上に車内の被害は少なかったみたいです。通路に出た私達は同じように車外に向かう人々の波に乗りながら、昇降口へと進みました。


 「……これは……酷い事をしやがるな……」


 居合わせた大人の男性方の手を借りて、客車から外に出たハンスさんは呻くように呟きました。



 彼の視線の先には、めちゃくちゃに破壊されて蒸気を噴き出しながら横たわる機関車と、その後ろに連結されていた客車の破壊された姿が……


 「……あ、そこ……お父さんと……お母さん……が……」


 ミケーネの震える声で、私は考えまいとしていた事に、気付きました。そう……機関車の直ぐ後ろに繋がっていた客車には……


 「ねぇ……どうなってるの? お父さんは……無事なの!?」


 リンが私の袖を掴みながら、その後ろの客車を見て叫びました。近くに停まっていたので、その惨状は一目で判ります。裂けるように幾つもの大きな穴が空いた客車の壁、そして裂け目の隙間から見える車内は……


 「……酷い……なんて事を……」


 オリビアは呟きながら、手にした十字架を握り締め、神よ……と呟きました。彼女は一人で列車に乗っていて、彼女の席の回りが空いていたから、私達は家族と離れていて……だから……助かったけれど……。








 「……結局、妹と母は見つけられなかったわ。いや、見つけられなかったんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()、何れが誰の身体かすら判らなかったのよ……」


 エレナさんは写真を眺めながらそう言うと、私に向かって座り直してから、


 「ミケーネとレン、そして私はその日を境に家族を失ったわ」


 言葉を失う私に、告げながらエレナさんは少しだけ悲しそうな顔をしながら、


 「こんな話なんて聞きたくないでしょうが、私もミケーネとレンの家族を一緒に探したの。でも、二人とも途中で泣き出してしまってね……それでも何とか私と二人の家族の髪の毛だけ集めて、列車から降りたわ」


 傍らに置かれたカップを手に持ち、暫く眺めてから口を付けてから、あなたも飲んだ方がいいわよ? と言ってくれました。


 冷めた紅茶が、ヒリヒリと渇いた喉を抉じ開けながら落ちていき、私は自分が緊張して声も出していなかった事に、やっと気付きました。




 「……どうして、列車は砲撃されたんでしょう……」




 私がやっとそれだけ言うと、エレナさんは首を振りながら、


 「さあ……それは判らないわ。あの頃は、とにかく何が起きても不思議じゃなかったし、今になって考えてみれば、ベルリンから引き揚げてきたソビエト軍の一部が、独走して列車強盗目当てで襲ったのかもしれないけれど、真相は闇の中ね……」


 きっと、終戦後も彼女なりに調べ尽くしたのでしょうが、騒乱の末に起きた悲劇は数多く、個人が追える限界はあるものです。私も戦車の発掘に関わった経験から、後ろ楯の無い者が過去に触れる困難さは良く判ります。



 私は目の前に座る、エレナさんの事を考えます。列車を砲撃されて肉親を一瞬で失った悲しみを乗り越える事は……さぞや、辛かったでしょう。


 「……でも、悲しんでばかりも居られなかったわ。直ぐに砲撃を終えた敵が、列車へ接近してくるかもしれないから……」


 エレナさんはそう言うと、でも少しだけ疲れたから、続きはまた明日にしましょう、と締め括りました。


 遠くの何処かで、キジが鋭く甲高い鳴き声を上げ、羽ばたきながら飛んで行く音が聞こえました。まるで、エレナさんの話に怯えて逃げ出したかのように。




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