表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/22

2話






 ……1945年、国内鉄道線路上を走る列車内。






 お母さんとマリアに告げてから、私はついさっき知り合いになったばかりの方の客室へと向かっていました。乗り合わせた列車には同じ年頃の女性は少なく、お互い話相手に飢えていた、と言う訳では無いですが……


 と、通路の先に銀色の車椅子に乗った男性が見えたので、私は追い越そうかどうか迷ったその時、


 ……ガタン、ゴトトン……


 ゆったりとした揺れ方だったけれど、私の目の前で車椅子が傾き、あわや転倒するかの瀬戸際で咄嗟に突き出した手が運良くグリップを掴み、何とか倒さずに済みました。


 「……御嬢さん、親切にどうも……」


 「いえ、当然の事をしたまでですから」


 その男性は私にお礼を言いながら、車椅子の停止レバーを苦労しながら固定し、


 「済まんね、何せコイツの世話になり始めたのがつい最近でね。戦車なら何とかなるんだが、人力は昔から苦手でね……昔から自転車にも上手に乗れなくてな」


 彼はそう言いながら、足の先を指差して苦笑いします。そこには鈍く光る義足が取り付けられていて、しかも両足ともにでした。


 でも、それも気になりますが、私は彼の言葉に囚われて頭の中が一杯になり……思わず訊ねました。


 「……戦車、乗られていたんですか」


 「自転車の話は無視なのかい?」


 「もうお乗りにはなれないでしょうから、敢えて触れない方が幸せなのでは?」


 正直にそう言うと、彼は困ったように頭を掻きながら、


 「確かにね……あ、自己紹介が遅れたね。俺はハンス。見ての通り……戦傷軍人さ」


 「……私はエレナ。見ての通りの大学生……ではなく、まだ学校には行っていません」


 「ああ、こんなご時世だからね。休学中かな?」


 「いいえ、ドイツ行きの留学は中止になりましたので」




 その言葉を聞いた彼は、


 「留学生だったのか? それは気の毒に……」


 そう言うと申し訳なさそうに身じろぎしてから、


 「俺達がもっと頑張っていれば、あんたの留学が反古にならんで済んだんだが……」


 そう詫びて、まるで我が事のように気の毒そうに私を見ます。


 「……あ、もしかして……ドイツからの避難兵の方でした?」


 「……まあ、そんな所さ。ところで、このまま立ち話していても構わないが、君は何処かに行くつもりだったんじゃないか?」


 私の詮索をそれとなくはぐらかしながら、こちらの都合を気にしてくださいます。


 「私ですか? ふふ……知り合いの所に行くんですが、ご一緒しますか?」




 わざと謎めかせて尋ねてみると、少しだけ眉を寄せてから、




 「なんだい、そりゃ……まあ、こっちは暇人さ。独り旅も飽きてきた所だから、ご一緒させてもらおうかな?」


 そう答えると、自らの手で車椅子の固定レバーを開放し、


 「では、お嬢さん。押してくれないかね」


 「畏まりました。その代わり、きっとハンスさんは驚かれるとは思いますが……」


 彼の後ろに回って、車椅子のグリップを掴みながら、揺れる車内をゆっくりと進み出します。


 列車の窓が少しだけ開いていて、そこから吹き込む風が私達の回りを巡り、私のスカートの端を揺らしながら通り抜けていきました。




 「エレナさん……って、その方は?」


 「…………?」


 「渋い方をお好みなんですね」



 各車を仕切る扉を開けて中に進むと、三人の声が私とハンスさんを出迎えました。


 「あー、うん……成る程。彼女達が件のお友達かい?」


 「はい。たまたま同じ車両に乗り合わせて、つい先程知り合ったばかりですが」


 私はそう言いながら、三人を紹介しました。


 「こちらはミケーネ。美術課程で進学する予定だったそうです。私とは一歳違います」


 「……ミケーネ、です」


 ミケーネは名乗りながら、ぴょこんと頭を下げて、黙ってしまいました。人見知りする方ですから、仕方有りませんね。


 「こちらはオリビア・ローマイル。まだ若いですが実家を離れて工場で働いているそうです」


 「オリビアです。えと……そう、エレナとは同い年なんです!」


 ハンナはそう言うとハンスさんの顔を覗き込みながら、


 「……えっと……工場が疎開するんで、私も引っ越しをする事になって……皆さんと同じ列車に乗りました!!」


 元気良く自己紹介してくれました。それにしても、ハンスさんの事をよーく眺めてますが……何か気になるんでしょうか?


 「それでこちらはリン。お父さんが国境警備隊に入ったので、お引っ越しなさるそうです」


 「リンです。父はライフルの名手で、私も幼い頃から鹿狩りに行ってました。ほら、これ……」


 そう言うと彼女の宝物らしい、立派な鹿角のナイフをカバンから取り出してチラッと見せてから、


 「あんまり見せびらかすと叱られるから、内緒にしてくださいね」


 またすぐに仕舞い込み、何事も無かったようにニコリと笑いました。


 「……で、私がエレナ・シュミット。現在は残念ながら無職です。いつまで続くかは判りませんが……」


 「いや、未来がどうなるかは誰にも判らんさ。俺はハンス。ただの負傷兵……戦車の御守りで更迭された暇人だよ」


 彼は皮肉一杯に自己紹介をすると、三者三様に色めき立ちます。


 「えっ! 戦車乗りさんですか!? 乗っていた戦車はディーゼルですかガソリンですか? ポルシェですかベンツですか!?(エンジンの種類とメーカー名です)」

 「早く治ると……いいですね」

 「あの、ハンスさんは人を撃った事はありますか?」


 三者三様に姦かしましく話し始め、ハンスさんはきっと……あら? 意外にも慌てる事もなく、三人とお話しています。


 ……何だか、取り上げられたみたいで悔しく……なんか、ありませんからね?


 (……エレナさんエレナさん、何処で知り合いになったんですか!?)


 と、急にオリビアさんが私に耳打ちしながら聞いてきます。うーん、何だかオリビアさんはハンスさんの事を気にしているみたいですが……




 ……と、思った瞬間。


 四人が向かい合って座っていた箱席の間に、車椅子を差し込むようにしてこちら側を向いていたハンスさんが、視線を車両の後方へ、それから機関車が連結されていた前方へと逸らし、


 「……砲声ッ!! 今すぐ頭を下げろッ!!」


 叫びながら近くに居た私とミケーネの首元を掴んで伏せさせました。それに驚く間もなく腹に響く強烈な爆発音と共に衝撃が列車を激しく揺らし、そして……ハンスさんが叫びます!!




 「……まずい! 脱線するぞッ!!」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ