21話
≪ひとまず立て直す!! 一旦退くぞ!!≫
ハンスさんが叫び、車内の空気が一気に張り詰めます。彼の慌て方は今まで見た事も無い程で、ミケーネさんも緊張しながら慎重にヘッツァーを動かします。
グン、と側帯が引かれて駆動力が伝達し、鋼鉄の箱が前進します。と、今まで居た場所に、衝撃波と共に砲弾が降り注ぎます!!
≪捕捉されてたか…… ミケーネ! ジグザグ走行!!≫
≪は、はい!!≫
爆発音と同時に舞い上がった石礫がバラバラと落下し、車体上部に当たります。この戦車は前以外は薄い鉄板のみだから、直撃したらと思うと……恐ろしくなります。
真っ直ぐ進んでいたヘッツァーが左の側帯を止め、車体が滑りながら左に向きを変えた瞬間、直ぐに前進へと切り替えて横滑りしたまま直進、今度は右の側帯を停止と切り替えて、ジグザクに走り回ります。
砲弾の着弾点が次第にヘッツァーから離れていき、私は頃合いを見てハッチの隙間からペリスコープを伸ばして周囲を眺めました。
(……敵戦車は……見えないけれど、味方も見当たらないか)
広大な灌木地帯は着弾した場所から煙が上がり、靡く煙で遠くの景色も見渡せません。私は諦めてペリスコープを仕舞おうとしましたが、視界の端に見慣れぬ戦車の砲塔を見つけてそちらに方向を向けました。
……その戦車は、今まで見た事の無い、大きくて長い砲身を備えた戦車でした。そして砲塔の側面には……長い牙を伸ばした……象?
≪ハンスさん 正体不明の戦車が見えるんですが 象のマークが付いています≫
≪象だと? それは赤くて牙が長いか?≫
≪はい、そう見えますが 知っているんですか?≫
車内無線でハンスさんに報告すると、彼は大きく息を吐いてから、
≪……赤いマンモスか よりによって不味い奴に出くわしたな≫
どうやら知っているみたいですが、明らかに状況が良くなる雰囲気ではなさそうです。
≪砲身は何処を向いている?≫
≪ええっと ひ、左側に向いてます 此方には向いてません≫
≪そうか 逃げるか撃って出るか 道は二つか≫
無線越しのハンスさんの声は緊張感に満ち、私達の命運は彼の選択に掛かっているのが直ぐに判りました。逃げると言っても遮蔽物の無い灌木地帯です。いずれ見つかるのは確実でしょう。
と、その時、無線機の赤色灯が明減しながら光りました。確かこれは……
直ぐにダイアルを回して周波数を合わせると、お髭の隊長さんの声が飛び込んで来ました。
≪……左右に展開! 二番と三番は前進、四番と五番は待機して支援しろ!≫
どうやら国境警備隊の皆さんは無事だったようです! 安心したのも束の間、同じ回線から叫び声が響きます!
≪二番、被弾!! 側帯をやられました!!≫
は、早い……囲まれていたのでしょうか!? 間髪入れず着弾音が続き、無線から二番車の通信が途絶えました。
≪三番後退しろ! 引き続き四番五番は支援……煙幕弾で退路を確保しろ!≫
仲間がやられてしまったけれど、お髭の隊長さんはまだ戦うつもりなのでしょう。散発的に戦車砲の発射音が鳴りますが、無線機から被害報告は聞こえてきません。
≪レン、そこから相手の姿は見えるか≫
≪……煙幕で判りません ただ、仲間の戦車は四台 まだ動いてます≫
ハンスさんとレンが状況を確認する間、私はまたペリスコープで外の様子を見てみます。
≪レン 単独行動も限界だな 直ぐに戻ってくれ≫
ハンスさんがレンを促し、ヘッツァーの位置を確認した彼女がライフルの弾を車体に射ち、カンッと甲高く弾ける音が合図。私がハッチを開けると到着したレンは、無言のまま車内へと戻りました。
レン曰く、付近に敵の戦車は居なかったそうですが、私はハッチ脇の監視窓越しに陣取って周囲を監視し続けます。
(本当に煙が凄い……これじゃ敵も迂闊に動けないかな……)
視界を遮る煙幕で、灌木地帯は見通す事が難しく、孤立したままのヘッツァーが見つかる事はなさそうです。
よかった、と内心思いながら、ハンスさんに向かって無線越しに報告しようとしたその時、遥か遠くからヤカンが沸いて蒸気が噴き上がるような音が聞こえ、意識が向いた直後に彼が叫びました!
≪ミケーネッ!! 全速後退!! カチューシャ(ソビエト製ロケット砲の別称)が来るッ!!≫
彼の言葉にミケーネが反応し、待避壕に身を潜めていたヘッツァーが弾き飛ばされたように勢い良くバックしました! く、首が……ムチ打ちになりそう!
そんな中、ハンスさんが無線機を操作して仲間の戦車に警告する声を掻き消すように、聞いた事の無い音がぐんぐんと近付き、そしてさっきまで身を隠していた待避壕の辺りで爆発が起きました!!
≪観測用の砲撃だ 次は修正されて精度が増す! 後進から前進に切り替えたら全速力で進め!!≫
ハンスさんの言葉通り、その次に訪れた発射音は間断無い連続音で、続けて起きた爆発は腹に響く轟音と化し、周辺一帯を包み込みました。
私達の戦車は戦闘区域から脱し、ケビンさんとの待ち合わせ地点目指して進み続けました。
……しかし、彼の乗ったトラックと合流出来たものの、国境警備隊の皆さんが乗った戦車は一台も戻って来ませんでした……。
私達は朝から伺っていたエレナさんの家を辞して、遅い昼食を摂る為にドライブインに着いたのは夕刻前でした。
「いやはや……取材といっても個人宅訪問だから、もう少し気楽かと思っていたが……」
グラウニーさんはそう言うと、ツナサンドを食べ終えインスタントコーヒーを啜り、やっと人心地着いたように呟きました。
「……戦争経験の談話は、重いな。しかもあのエレナ・シュミットの話だからな」
「話の感想はどうでした?」
私がそう聞くと、暫く考えてから彼は答えました。
「前に君が言ったのと同じだよ……【異世界のお伽噺みたいだ】って感じだな」