19話
「……その、ええと……」
上手く言葉が汲み出し難いのか、それとも私を気にして言い難いのか、少しの空白を挟んでから、ミケーネさんが再び口を開きました。
「……私が撃つ訳じゃないのに、ハンドルを握っていると……手が、震えるんです……今でもたまに、力が入らないし……」
私達の中でも、ミケーネさんは元来の性格が控えめで内向的でしたし、知り合ってまだ日の浅い私達と行動を共にしているのは、やむを得ない事情の積み重ねに過ぎないからでしょう。
オリビアさんは嬉々として機械に触れていますし、レンさんは……もしかすると、敵討ちがしたいのかもしれません。国境警備隊の方々が持っていた自衛用のライフルを、興味津々のご様子で眺めてました。もし手に入れたら……彼女は射たない選択が出来るのでしょうか?
「それは、私も同じです。気持ちは違えども、心の奥底では人を殺める事に抵抗はありますから」
……でも、それは私も同様です。生き残る為に手段は選べないとしても、戦争だろうと何だろうと、人に手を掛ける事に変わりは無いのだから。
「そ、そうなんですか? わ、私はその……気にしてないのかと、思ってました……」
ふふふ、そう見えていたんですか? 私だって、たまに手が震えたりしますから、ミケーネさんと同じなんですけどね。
「……荷物の中に、小さな小瓶が有ります。モルヒネと……青酸カリ、だそうです」
私がハンスさんから預かっている物資の中に、その二つが有りました。ミケーネさんは暗闇の中でも判る程、息を吸い込み驚かれているようです。当然でしょうね……。
「モルヒネは、強力な痛み止めです。乱用すると廃人になるかもしれない劇薬……そして、青酸カリは……一粒服用するだけで、確実に死んでしまいます。何の為に有るか、判ります?」
ミケーネさんは返事をしません。でも、この状況ですからね、きっと理解している事でしょう。
「……法の届かぬ暴力の狭間に身を委ねて……生きながら地獄の苦しみを味わう位ならば、一思いに自決する手段としての、最期の手段です。持つかどうかは、お任せします」
……自分でも非道いと思いながら、私は話してしまいました。望まぬ戦争に荷担させられて、更に人の道から外れるような選択を押し付けて……本当に最低の女です。
「……わ、私は皆さんと……い、一緒に居たいです」
でも、そんな私にミケーネさんは、そう仰有ってくださいました。
「……わ、私……本当は、美術学校に行けなくなっていて……い、家のお金が足りなくて……その、入学金が足りなかったんです」
暫く時を置いてから、彼女は語り出しました。
「……もっと、才能さえ有れば……お金が無くても、学校に行けたから……そ、それで私……行き場が無くなってしまって……」
また少しの間、沈黙が天幕の中に広がり、そして再びミケーネさんが口を開きました。
「……そんな私だから、ひ、必要なんだって言われて……嬉しかったです」
私は口を挟まず、彼女の言葉が再び紡がれるのを待ちます。
「……だ、だから……怖いけれど、一緒に……行きたいんです」
私は何も言わないまま、彼女を抱き締めました。
「……っ!? ……エレナ……さん?」
「……有り難う御座います。このご恩は何時か返します。それまで暫しの間、辛抱してください」
「……は、はいっ!!」
私は彼女の柔らかで心落ち着く香りと、ほんの少しの汗の匂いを感じながら、いつの間にか寝てしまいました。
……モルヒネと青酸カリの事、お互いに忘れてしまいましたが。