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1話



 撮影が終了した次の日、私はエレナさんの自宅へ招かれてお話を伺う機会を頂けました。応接間で腰掛けながら見回すと、彼女の人柄が良く表れた室内は落ち着いた雰囲気の調度品で構成されていて、インタビュー前の緊張は直ぐに解れていきました。



 「……さて、それではお話いたしましょうか。そう……あれはまだ私が十八歳の頃、大学入学を控えた時だったかしら」


 エレナさんはそう言うと、椅子の上で姿勢を正し、手を重ねて膝の上に置きました。


 「……二度目の世界大戦が勃発し、友好国として国交を重ねていたドイツが各国を蹂躙し、戦火が大陸を覆った悲しい時代でした……」




 ……今では信じられませんが、当時はドイツ留学が盛んに行われていた為、我が国から沢山の若者達がドイツを訪れて、機械工学を学んだ学生が帰国して産業を支えていたそうです。その結果、我が国は【ヨーロッパの水辺に栄えた工業地帯】として様々な工業製品を輸出し、それまで牧畜と農業に頼っていた収入を大幅に増やしていったそうです。


 その結果、ドイツから精密機械の加工技術が更に流入し、町の小さな鍛冶屋が大きな工場へと変貌、やがて人々の暮らしは一変されていきました。都市には大きな煙突が立ち並び、道路にはトレーラーが行き交うように。皮肉にも世界大戦が我が国の重工業を成長させたのですが、それは良い事ばかりでは有りませんでした。



 「……従属していた訳では有りませんが、連合国から見れば自分達が血眼になって相手をしているドイツと手を結び、彼の国に荷担しているように映ったのでしょう。連合国から【ドイツとの国交を断絶しなければ敵国と見なし制裁措置を加える】と命じられ、已む無く国交を絶つ事にされたの。まあ、そんな話は近代史の教科書を開けば、載ってますね」



 エレナさんはサラリと告げながら、咳払いして紅茶のカップに口をつけ、一口飲んでからお話を続けます。


 「……私は、ドイツ留学を控えた学生だったわ。でも、戦争で留学は保留になってしまって……そこに追い討ちを掛けるように工業地帯を連合国の爆撃機が【誤爆】する事故が相次いで……今から思えば、【誤爆】なんかじゃなかったのでしょうが」


 ……ドイツへの空爆を終えた連合国の飛行機が、我が国の上空を通過する際に、時折爆弾を投下して行く事が有ったそうです。嫌がらせ……なら、効果は絶大だったでしょう! 結果的に我が国がドイツと行っていた交易は停止したのですから。


 「そうした背景も有って、工業地帯に住んでいた人々が一時的に疎開する為、地方都市へと列車に乗って家族単位で移動するのが良くあったのです。そう……我がシュミット家も、ね」


 エレナさんはそう言うと、キャビネットの上に飾られた白黒の古い写真を手で持ち、


 「……マリアと母。……妹のマリアはまだ九才、母は……今の私よりずーっとずーっと、若かったわ」


 縁を指先でなぞりながら、写真の中で微笑むお母さんと、背中に手を回しながら恥ずかしそうに、上目遣いでカメラの前に立つマリアさんを眺めてからキャビネットへと戻しました。


 私の前に戻り、椅子へ腰掛けたエレナさんは、見つめていた写真から目を離して窓の外を見ます。


 「……首都中央駅を出た列車は、輸送資材や重機、そして疎開する人々を沢山乗せて、ゆっくりと衛星都市のリメージュに向かってたわ。そう……ゆっくりと、ね」




 肩から銀色の綺麗な髪を垂らし、ゆったりとした黒い服を纏ったエレナさんが、思い出を語り出します。


 その眼差しは窓の外の景色を通り抜け、その先へ、もっと先へ……









 ……シューッ、シュッシュッシュッ……ボォ~ッ!!


 汽笛を鳴らし、そして蒸気を吐き出しながら大きな機関車がプラットホームにゆっくりと入り、同時に構内を抜ける風が私の銀色の髪と藍色のスカートを揺らします。


 同じ銀色の髪の毛のマリア、そして茶色い髪のお母さんと共に荷物を手放さぬようしっかりと握り締めて、駅員が開けた扉を通り車内に入りました。


 「エレナ……そう、その客室じゃない?」

 「うん、そうみたい。……ん? マリア、どうしたの?」

 「……お姉ちゃん、オシッコ!!」

 


 お母さんは切符と客室番号を照らし合わせ、荷物を網棚に載せたのですが、間髪入れずにマリアが私の袖を引きながら、上目遣いで訴えます。


 「判りましたから、袖は引っ張らないで……さ、行きましょう」


 年の離れたマリアを連れながら、客車の間に設けられたお手洗いに向かいました。



 【おねぇちゃん、マリアをおいてっちゃいやだよ?】


 扉の向こうから何回も確かめるマリアですが、私は手にしたハンカチを畳みながらちゃんと答えてあげます。


 「大丈夫、かわいいマリアを置いてったりしませんから、心配要らないですよ?」

 【はぁーい! ……んしょ、んしょ……あれ? パンツの中に服がはいっちゃった……】


 慌て者のマリアは時々、スカートもブラウスの裾もお構い無く下着の中に押し込んでしまうので、私は扉を開けてキチンと戻してあげました。


 それから私達ざ客室に戻ると、汽笛と共にゆっくりと機関車が動き始め、長い列車の旅が始まったのです。





 ……私はエレナ・シュミット。疎開先に向かう為、お母さんとマリアと一緒に列車へ乗り込んだ、沢山の乗客の中の一人。


  でも、それは三人で列車に乗った、最後の日の思い出。






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