17話
戦車から身を乗り出して双眼鏡で見ていた私に、ハンスさんは偵察中止を命じます。残念なような、ほっとするような複雑な気持ちのまま、マイクを触りながらミケーネに向かって命じます。
≪前進させてください 友軍と接触します≫
「……驚いたな、駆逐戦車に娘さんが乗っているとは」
私がハッチから身体を出したまま先頭の戦車に近付くと、向こうもこちらと同じように車体から、若い男の人が身を乗り出しながら話し掛けてきました。
「私達は【戦車義勇隊】です。国を転覆させるテロリストに立ち向かう為に集まりました。そちらの上官の方と話したいのですが」
私が自分達の事を説明と、彼は無線機を操作して報告を済ませてから、
「了解しました。隊長が伺うので向こうの盆地で集まりましょう。先導しますので付いて来てください」
そう言いながら戦車を方向転換し、先に進みながら手を上げて戦車を誘導していきます。私達も遅れないように横に並んで戦車を前進させます。
「成る程ね……百聞は一見に如かずか。確かに美人だな」
唇の上に髭を生やした男性が私を見て、そう呟きました。まあ、褒め言葉は半分と思って受け取りましょう。
「初めまして、私は車長のエレナ・シュミットです。他の操縦士も全員女性ですが、ご心配無く」
そう伝えると、彼は一瞬だけギョッとした後、少し表情を引き締めてから、
「……失礼した。戦車に華なんて珍しいから、つい舞い上がってしまった。我々は国境警備隊第一方面の戦車隊だ。クーデター蜂起を阻止する為に、他の部隊と合流する為に移動中だ」
そう教えてくれました。ああ、良かった! 仲間の居ない戦いにならずに済みそうです。
窪地に集まった私達は、情報交換を兼ねて互いを紹介し合い、ハンスさんを交えながら今後の行動を検討しました。
まず、補給に関しては都市を経由すれば問題は無いようです。但し、砲弾だけは駐屯地に寄らなければ無理だそうで、
「ここから一番近い場所は、予測される会敵地点より更に先になる。節約せねば不味いな……」
ハンスさんはそう言うと、弾薬の数を記した紙を眺めながら唸ります。
【徹甲弾24、榴弾18、徹甲榴弾10、信管榴弾6】
徹甲弾は戦車等の装甲板に覆われた車両を破壊できる、一般的な弾頭です。ハンスさん曰く「アイスピックみたいなもの」だそうです。
榴弾は、着弾すると爆発して破片を撒き散らす弾頭で、装甲の無い車両や兵士に効果があるそうですが、あの列車の事を思うと……あまり使いたく無いです。
徹甲榴弾は、先端が装甲を貫いてから爆発する弾頭で、戦車専用の弾頭です。ハンスさん曰く「アイスピックで穴を空けた後に爆発させるモノ」らしいです。
信管榴弾は、発射してから指定した時間に爆発する信管付きの榴弾だそうで、使い方は難しく「有る事を覚えておけばいい」そうです。うーん、撃つ前に時限装置を使って、撃った後に爆発させるから……空中で破裂するのでしょうか? 航空機を狙う高射砲が使う事が多いらしいですが、まだ良く判りません。
「まあ、節約するしかないか。兎に角、接敵してみないと相手の数も判らんからな」
私達に一番不足しているのは情報です。敵の数は? その構成は? 新型やソビエト製戦車はどれだけ有るのか? そんな事もまだ判らないのですから、戦略を練る事も難しいでしょう。
「クーデターに呼応する可能性の高い部隊は、経験の乏しい新兵の多い部隊だろう。古参の指揮官が統轄している部隊では軽率な判断は起こさないが、指揮官も若い部隊なら……部下の勢いに圧されて部隊を動かしてしまう事も有り得るからな」
髭を生やした隊長さんがそう言うと、地図を見ていたハンスさんも同意して、
「ふむ……俺はこの国の新兵が、どれだけ世相に不満を抱いているかは判らんが、移民や植民地人が少ない事を考えれば……決起する兵士の数は少なかろう」
と、言いながら隊長さんや他の兵士の皆さんを見れば、各々の方も頷いています。
「……だが、問題はソビエト軍が脈の無いクーデターに果たして加わるのか、だ」
しかし、ハンスさんは楽観的な方向に流れそうになった場を引き締めるように、言葉を重ねます。
「俺はノルマンディーで負傷し、更迭されたが……ベルリンの地獄の噂は聞いている。砲弾が雨のように降り注ぎ、銃弾に倒れた兵士を救う間も無く粉々にされたそうだ。勝てる戦ならば、ソビエト軍は物資を惜しまず徹底的に叩きのめすぞ」
国境警備隊の方々は、もし相手するのがソビエト正規兵と戦車だったらと思い、不安な表情を隠せなくなります。
「まあ、考えても仕方無かろう。うちの娘達は悩まんぞ? 相手の戦車より今夜の夕食の方を心配しているからな」
……ハンスさん、余計な事を言わないでください!! お陰で暗くなりそうだった雰囲気がガラリと変わりましたが、私達を使うのは如何でしょう!? レディに対して失礼です!!