16話
「ええぇ~っ!? 直ぐにですか?」
既に何か頬張っていたオリビアが、飲み込みながら私にサンドイッチを渡してくれますが、果たして食べられる時間があるかどうか。
「まだ敵かどうかは判りませんが、いつでも動かせるように準備しておきましょう」
そう言ってから、私がサンドイッチに齧り付くとレンとミケーネが戦車の元へと走り出しました。そしてサンドイッチの中身は……ふむ、野外で食べるにしては随分とベーコンの比率が高いポテトサンドです。
味付け自体はシンプルそのもの。黒胡椒とベーコンの塩味がジャガイモとタマネギに纏わり付き、各々の甘味を引き立たせて……っと、今はそんな場合では有りません!!
「ケビンさん!! 何か近付いて来るので、トラックを動かしてください」
「な、何が来るんですか!?」
狼狽えかける彼に、相手とヘッツァーの対角線の方向を目指して移動するよう指示を出して、私も自分達の戦車へと戻ります。
しかし、灌木地帯の中をみんなの元へ走り続けていく途中で、自分が肝心の戦車を見失った事に気付きました。まあ、しっかりとカモフラージュされている事自体は良いんですが……。
「エレナさん! こっちこっち!!」
レンの声に振り向くと、灌木の間から戦車の砲身が僅かに覗いていて、その脇に伏せた彼女がスコープの付いたライフルを抱えながら、こちらに向かって手招きしてくださっています。
「みんなは居ますか?」
「はい、ハンスさんも中に居ます。私は出てますからエレナさんは車内に入ってください。カモフラージュしますから」
そう言われながら中腰の姿勢で近付き、ハッチを開けて中へ身体を滑り込ませてから、
「……気をつけてくださいね、くれぐれも無理はしないように」
「はい、エレナさんも」
お互いに声を交わし合いながら、赤い室内灯で照らされた車内に入るとハッチが閉められて、僅かに土を掛ける音が装甲越しに聞こえます。
「よし、揃ったな。各自マイクとヘッドセットを付けてくれ」
ハンスさんに促されて、私はハッチ脇のフックからマイクを手に取り襟元に付け、耳にヘッドセットを装着します。
【……レンです 私達が通ってきた道を、車と戦車が走ってきます】
彼女から無線報告が入り、私はハッチの隙間から潜望鏡を少しだけ伸ばし、ゆっくりと周囲を見回すと……
(……あれかしら……先頭は車……トラック?)
確かに、幌を掛けたトラックを先頭に、土煙を立てながら三両の戦車が近付いて来ます。生憎と敵か味方か、この距離では判りませんが。
≪先頭にトラック、後ろに戦車が三両です≫
私はハンスさんに伝えるべく、咽頭マイクを触りながら説明すると、
≪……露払いがトラックだと? それなら移動中で戦闘機動じゃないな≫
彼はそう言いながら少しだけ考えた後、
≪……威力偵察開始 味方の可能性が高いが もし敵ならば……≫
そこで言葉を区切ってから、ハンスさんは命じます。
≪……全力をもって撃破する≫
その言葉に、私は気持ちを入れ換えます。一度だけの初めての戦闘に、私は直接参加していません。でも、それは言い訳でしかなく、今の私の役割は【車長】なのです。みんなの纏め役として判断をしなければなりません。
≪エレナ 顔が怖いぞ?≫
ハンスさんに言われて、私はハッとしながらペタペタと自分の顔を触ってしまいました。
≪冗談だ 心配するな 敵と決まった訳じゃない それに君の仕事はまず 相手を知る事さ≫
車内無線越しの声はきっと、みんなにも聞こえています。でも、誰も茶化したりしません。そう、きっとみんなも同じ気持ちなんでしょう。
≪ミケーネ ヘッツァーを後退させて戦車壕から離脱させろ≫
ハンスさんが命ずると、一瞬後に戦車がゆっくりと後ろに下がり、そして戦車壕を迂回して避けながら前進していきます。
≪会敵地点手前で停車し待機 但しエンジンは停めるなよ≫
街道から離れた場所、小高い丘の麓に停まった戦車のハッチを開けて、私は上半身を出しながら双眼鏡で相手の姿を確認します。
≪ハンスさん 車体には数字三桁 国旗有り 友軍でしょうか?≫
それを聞いたハンスさんから緊張感が抜け落ちて、いつもの気さくな雰囲気に戻った言葉が返ってきました。
≪威力偵察中止 それは国境警備隊の車両だな≫