15話
「……そこで停止し、直ぐにギアを落とせ」
「は、はい! ……よ、よいしょっ!!」
ミケーネさんが変速機を操作しながら側帯を回し、片側だけを動かしながら方向転換、それから直ぐに後方へと進ませていきます。
自動車と違い、後進は四速まで変速可能なヘッツァーは、ミケーネさんの操作に従い、後ろへと勢い良く加速。そのお陰で少し気持ち悪くなりました……。
遮る物の無い灌木地帯で、戦車の有効的な操作を繰り返し教授するハンスさん。私達は次第に戦車特有の動かし方を学び、指示に従いながら様々な戦法を教わりました。
「……さて、次は全員降りて戦車壕を掘り、こいつを隠してみるんだ」
ハンスさん曰く、車高が低く砲塔も無い小型戦車だから、少し穴を掘るだけで車体を効果的に隠せるそうです。突撃砲って、砲塔が無いので後ろや横に回られると危険ですが、逆に前方のみを相手に向けながら主砲で狙えれば、不利を有利に変えられるでしょう。
私達は地形を利用し、浅く窪んだ場所にヘッツァーを隠し、上から葉の付いた枝や草の束を載せて隠してみます。
……でも、ミケーネさん、お花は要らないと思いますよ?
「……いや、やっぱり全体のバランスと言いますか……自然な植生を再現する感じで……」
ミケーネさんはそう言いながら、タンポポを一株、土が付いた根っこごとヘッツァーに載せました。すると何故かオリビアさんやいつもは物静かなレンさんまで、嬉しそうに小さな花の株を載せ始めたのです。
「まあ……楽しそうで何よりですが、緊張感ってものは……」
「……ま、別によかろう。小さな花を狙って砲を撃つ輩なんぞ居ないだろうからな」
呆れる私の横で、ハンスさんが暢気な調子で呟いてから、三人に向かって声を掛けます。
「さて、それじゃ飯にしようか」
その瞬間、今までの女子らしさの欠片は何処へやら……我先に急ぎながらトラック目掛けて走る姿はあっという間に視界から消えてしまい、私とハンスさんだけが取り残されました。
「元気で宜しいさ、食うのも兵隊の仕事だからな……」
そう言うハンスさんの後ろに回り、車椅子を押しながら私もみんなと合流する為に向かいます。
「……前から聞こうと思っていたのですが」
道すがら、この機会を逃すまいと私は口を開きました。
「……どうして、そこまで懇意にするのか、かい?」
勘の良いハンスさんは、まるで見透かしているかのように答えます。
「……普通に考えれば、列車の件で一区切り着けば、私達と別行動する方が自然かと思います」
只のお節介にしては、随分と付き合いの良い話です。ただ、何となくですが、何か目的が有るのなら……腑に落ちます。
「理由、か……」
ハンスさんはそう言いながら、上着の胸ポケットから紙包みを取り出すと、中から一本のタバコを抜き取り、銀色のライターで火を点けました。
茶色い葉の巻かれたタバコから、青白い煙がゆらゆらと昇り、ハンスさんは暫く煙の余韻に浸ってから、
「俺にも妻子が居たんだが、流行り病で二人とも呆気なく死んでしまってな。その時はただ、悲しみに暮れていただけだった」
そう呟くと、また一口煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しました。煙は私とは反対側へと流れていき、捩れながら薄らいで消えていきます。
「……戦場で俺は、色々な死に様を見てきた。若者も年寄りも関係無く、銃弾で……地雷で、いや……砲弾や戦車の側帯で踏みにじられて、虫けらのように死んでいくのを、嫌ってなる位にな」
そこまで言うと、指先に挟んでいたタバコを宙に放り投げると、鮮やかな手付きで掴み取ってそのまま握り潰してしまいました。
指の間からジジジ、と鈍い音が鳴っていたのは僅かな間、直ぐに火は消えてしまいましたが、彼の表情は堅苦しいまま、熱さに顔に歪める事も無く平然としています。
ハンスさんは手を開き、握り潰したタバコを払うように地面へと落としながら、再び口を開いた時にはいつもと変わらない表情に戻っていました。
「だから……戦場で俺が知り得た知識が君達の為に少しでも役に立つなら、悪くないと思っただけさ」
そう告げるハンスさんでしたが、私の心の中に潜む疑念は晴れぬまま。上手く言葉に出来ませんが、正直言えば【色目当ての下心】でも見え隠れしていれば納得出来るのに……流石にそうは言えません。
そんな胸中を知ってか知らずか、彼は三人と合流しようと言いかけたその時、遠く離れた場所でも判る、側帯を付けた乗り物に独特の地響きが徐々に近付いて来たのです。
「……昼飯は暫しお預けだな。ヘッツァーのエンジンを始動して、トラックを安全な場所に動かすよう伝えるんだ」
ハンスさんから指示を受けながら、私はトラックに向けて走り出しました。果たしてあの相手は敵なのか、それとも味方なのか判らないまま……。