13話
ボイラー作業用の衣服(ツナギと言うのでしょうか)を着た私達は、戦車に乗り込んで走り出す……つもりだったんですが、戦車の前に一台のトラックが停まっています。こんな車両、有りましたかしら?
「エレナさん!! 置いてくなんて酷いですよ!!」
窓を開けて顔を出した若い男の方が、私に向かって叫びました。はて……どちら様でしょう?
「そう言われましても……えーっと、誰でしたか?」
判らないので正直に言ってみますと、彼はガッカリした様子で答えました。
「うわ、冷たいなぁ……ケビンですよ、ケビン!!」
「ああ、ボイラー係の方でしたっけ……それで、如何なさいました?」
一瞬、固まってからケビンさんはまた大きな声で叫びます。
「もおぉ~っ!! さっき言ってたじゃないですか!? それではお願いしますって!! だから付いていくんですって!!」
……ええぇ、確かに衣服をお借りする段取りの際、そう言った記憶は有りますが、それでトラックまで引っ張り出して何かなさろうとは思いませんから……。
「あのですね! 戦車に積める荷物は限度有りますから、燃料なり何なりを積む車両は必ず必要なんですよ!? だから自分も一緒に行きます!!」
必死に食い下がるケビンさんの様子に、私は思わずハンスさんの顔色を窺ってしまいました。
「ふむ……まあ、確かに随伴車両は必要だが……君、ケビンくんだっけか? サナトリウムのボイラー係の務めはどうなるんだ?」
当然ながら、ハンスさんがそう訊ねてみると、
「ええ! それはご心配なく! ウチのじーさま方が行ってこい、って快く送り出してくれましたから!!」
すっかりその気のケビンさんは、ドルン、とトラックのエンジンを吹かしながら、
「それに、このトラックも軍隊教練用の備品ですから!! 国難に立ち向かう為だったら幾らでも使って構わないってサナトリウムの院長も言ってました!」
そう言うと私達に向かって、親指を立てながら景気良く手を振って先に行けと促す訳です。まあ、なんと言うか……
「仕方有りませんね……ちゃんと食料は積んでありますか?」
そう訊ねると、まるで上官に向かって敬礼するかの勢いで、
「勿論であります! キチンと日持ちするジャガイモとベーコン、ついでに焼き締めたビスケットとティーパック入りの紅茶とジャムも積んでありますから!!」
と、私達の好みまで把握しているみたいに仰有るので、もはやぐうの音も出ません。判りました、判りました……。
「……なら、宜しいです。それでは改めて、出発しましょう!!」
そう高らかに宣言し、ヘッツァーの前進を命じました。するとミケーネさんが頷きながらアクセルを踏み、ゴトト……と一瞬エンジン回転が静まりかけてからクラッチが繋がり、勢い良く動き出しました。
サナトリウムの前の道を走り始めたヘッツァーに、治療院の建物の窓から療養中の患者さん達がみんな顔を出して、口々に私達へ声援を贈ります。
「頑張れよ~っ!!」「元気でな~!!」「ソビエトの戦車なんかに負けるなよ!!」
うーん、別にソビエトと戦争しに行く訳ではないんですが……何となくそんな方向にイメージされている方が多いのでしょうか?
とは言え、何だか物語のヒロインになったような気になりながら、手を振り返すと皆さんの声援が更にヒートアップ……中には投げキッスまでなさる方までいらっしゃいます。まあ、騒がしいけれど、更に元気を頂けましたね。