12話
「……まあ、こんな感じでしょうか?」
ミケーネはオレンジと白、そして緑のペンキを板の上で伸ばしながら、刷毛を操り鮮やかな色彩の絵を戦車の砲盾後方に描き終えて、私の方へ振り向きながら尋ねます。
「ええ、とても上手です。キツネとスズラン……どちらも可愛らしいですね」
私が彼女の腕前を素直に誉めますと、エヘヘと照れ笑いしながら絵筆を脇に置き、
「ヘッツァーさんに【私達のシンボルマークを描いて欲しい】と言われましたから、てっきり勇ましい物か国旗だと思ってました」
そう告げながら、彼女は自らの作品を眺めて頷き、
「……スズランを咥えたキツネ、ってのは珍しいですね。何か意味が有るんですか?」
顎に手を当てながら考えています。ええ、キチンと説明いたしますね。
「勿論有りますよ。キツネは【知恵】の象徴。私達は男性と比べて力は有りませんが、皆さんの得意な分野の知識を生かして、巧妙に生き抜いていこう、という比喩です。そしてスズランの花言葉は【再び幸せが訪れる】……そう、私達は不幸な事故、いえ、戦争に依って家族を失いました。だから、この戦いが終わった時、再び幸せが訪れるように……という願いを、籠めました」
私はミケーネの絵を見上げながら、お母さんやマリアの事を思い出し、不意に鼻の奥がツンと痛くなり、涙が溢れそうになりました。でも……上を見上げてながら堪え、何とか泣かずに済みました。
「……そうですね。必ず、生きて帰って、幸せになりましょう!」
「うん! そうだね!!」
「エレナさん、私も頑張ります!」
ミケーネとレン、そしてオリビアの三人と輪になって手を繋ぎながら互いの顔を見詰め、サナトリウムの中庭に停めてある戦車の前で誓い合います。
治療中の皆さんが野次馬になって眺めていたのですが、そんな私達の声が耳に届いていたようで、
「おお!! 頑張れよお嬢さん達!!」
「孫の嫁に来てくれ!!」「結婚してくれ!!」
……何だか騒がしいです。
「……成る程、そんな理由が有るのか」
少し離れた場所に居たハンスさんが、感心しながらシンボルマークを眺めます。
「最初に聞いた時は、目立つ色彩は戦車にはご法度だと反対するつもりだったが……こうして見ると、なかなか悪くないな。砲盾付近なら狙われても弾き返せそうだし、小隊旗代わりと思えば相応しいかもな」
そう評しながら車輪を回し、私達の方へと向きを変えてから、
「……さて、後は制服支給……といきたいが、生憎とピッタリの物が無かった。エレナ、例の服を配ってやってくれ」
少し離れた場所に置かれた行李(装備や衣服を仕舞う荷物入れ)を指差し、中に入っている服を受け取るように言いました。
「……あ、これって作業服……ですか?」
レンさんが上着を手に持ちながら、前後に返して眺めてます。他の二人も同じようにハタハタと振ったり揺らしたりして、服の様子を確かめてます。
「流石に軍服を揃える訳にはいかなかったからな、似たような茶色のボイラー作業服で、小さめの物を見繕ってもらった。サイズはピッタリとはいかないが……まあ、何とかなるだろう? それと靴なんだが……まあ、タンクブーツなんてモノが有る訳ないからな。編み上げの長靴しかないが、悪くなかろう」
ハンスさんは予め持っていた軍服に袖を通しながら、私達に着替えるように促します。流石に目の前で着替えるつもりはありませんから、暫く待って頂きましょう。
四人で部屋に戻り、互いの着付け方を確かめながら着替えたんですが……ミ、ミケーネさんって、着痩せするタイプだったんですね。悔しい。
「ミケーネさん、モテそうじゃない!! いいわね~将来有望な体型で~」
私の心中を察したみたいに、ややスレンダーなオリビアさんが、ミケーネの身体の各所をペタペタと触りながら冗談めかせて言うと、
「そっ、そんな事ないですからぁ……や、やぁ!!」
身体を捩りながら涙目になって恥ずかしがるミケーネさん。うーん、羨まし……くないですから。
「二人とも遊んでる暇は無いですから、早く着替えましょう。ねぇ、エレナさん」
レンさんはあっという間に着替えると、二人に促しながら私の方に視線を向けます。余り、こっちは見てほしくないんですが……。