11話
「……さて、現在の状況についてだが、生憎とラジオと新聞が頼りのか細い情報源だ。信憑性より鮮度が問題だが、想定通り青年革命党の一部が首都で決起したらしい。呼応する国境警備隊の戦闘車両が、各地から首都目指して動き出した。小規模だが、明らかなクーデターだ」
そう告げると、ハンスさんは私達の顔を一度、ゆっくりと見回してから、口を開きました。
「……今一度、訊ねよう。これから相手するのは、異なる社会的思想の元に集まりはしたものの、まごう事無き君達の同胞だ。その彼等に銃口を向ける勇気は有るか?」
試すように告げました。私は三人の表情に動揺が見られなかったので、自分と同じ決意だと確信してから、答えました。
「はい、私達は……クーデターを阻止し、ソビエトの侵攻を食い止めます」
その言葉を聞き、ハンスさんは頷いてから再び口を開きました。
「……了解した。これから我々は、クーデターに呼応決起した戦闘車両を【国家転覆を狙うテロリスト】と見なし、戦車を用いて鎮圧する。対戦車戦闘は避けられないものとして、砲弾を使用し出来る限り殺傷を控えながら、相手を無力化させる」
【国家転覆を狙うテロリスト】と聞いて、私は今まで見えてこなかった敵の姿が、よりハッキリと見えた気がしました。
「……この後、補給物資の目録を照らし合わせて、漏れが無いか確認したら、直ぐに出発する。最初の目的地は首都手前のリード街道交差地点だ。地図上では北部からの車両が首都に向かう際、必ず通過する地点であり、丘陵地帯の中心に位置する事から、戦車を待ち伏せするにはうってつけだ。もし、他の国境警備隊の車両と合流出来たなら、更に有効な抵抗拠点にする事も出来るだろう」
彼の言葉に私と三人は顔を見合せました。まだ見ぬ仲間が、私達と一緒に戦ってくれるかもしれない。そう思うだけで、一台の駆逐戦車だけで戦うよりも、生き残る確率が跳ね上がった気がします。
「尚、双方に配備されている戦車及び戦闘車両は、ソビエトの正規軍所属の物よりは幾分古く、こちらのヘッツァーの相手ではない。但しソビエトの応援師団が流入した際は、ヨーロッパ戦線を蹂躙してきた歴戦の強者共だと思っていい。しかし、だからこそ情け無用だ。全力で撃破するしか生き残る術は無い」
ソビエトの正規軍。噂では、ドイツ機甲師団と対等以上に渡り合い、一切躊躇せず友軍すら巻き添えにしてでも目前の敵を壊滅させる、世界有数の冷徹な戦車集団だと聞いてます。その勇猛さは【シベリアン・ウルフ】と渾名される程だとも。
「……エレナさん、私達は勝てるのでしょうか?」
ミケーネが心細そうに呟きましたが、私は敢えて余裕有げに答えました。
「ミケーネさん、敵を恐れる心に死神は近寄ります。私達が力を合わせれば、何も恐れる事は有りません」
「……は、はい! そうですよね……私達には、ヘ、ヘッツァーさんも、ハンスさんも居ますから!!」
……ヘッツァーさん? 相変わらずミケーネさんは個性的ですね。芸術家気質と呼ぶべきか……あ、そうです!
「ミケーネさん! 一つ頼まれて頂きたいのですが、宜しいですか?」
「は、はい!? えぇ……一体何を頼まれるんですか?」
私はミケーネの肩を掴みながら、少しだけ強目にお願いしてしまいました。だって、思い付いた事に自分でも若干興奮気味なんですから。
「……あ、あの……どこに?」
ミケーネを引き連れながら、私はずんずんとサナトリウムの中を進んで行きます。通路を歩いている途中、それを使っている様子をチラッと見かけたからこそ、思い付いた事なんですが。
私に手を引かれてミケーネは身を捩りながら、上目遣いで訊ねて来ますが、一体何をそんなに気にしているのでしょう。
「……わ、私はその……したこと、無いですし……」
したこと無い? 妙な事を仰有います。
「……で、でもその……エレナさんが……望むなら……」
うーん、何か激しく勘違いしてません?
「あ、ありました。これで戦車に【部隊識別標】を描いてほしいのです!」
私がサナトリウム内の床に方向を示す為に使われている、様々な色のペンキが置かれている部屋の入り口に立ち止まってそう言うと、
「は、はひっ!? あ、その……ええっ!?」
酷く狼狽えて、顔を赤くしたり青くしたり……ミケーネさん、随分と慌てています。うーん、彼女は何を勘違いしていたのでしょうかね。