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10話



 「……あ、エレナさんですか? 私です、カルビアです」

 【あら? こんにちは! 取材のお申し込みかしら?】


 連日お邪魔するのも(はばか)れる思いがあって、一日空けてからエレナさんのお宅に電話すると、聞き慣れた優しい口調で彼女が出ました。


 「その……今度、取材させて頂く時、一緒にお話を聞きたいと言う方を連れていきたいのですが……構いませんか?」


 断られるかも、と思いながら要件を伝えると、エレナさんはほんの少しだけ躊躇った後、答えてくれました。


 【……ご同業の方かしら? ええ、構いませんよ】


 でも、今さっきまでの優しい口調が、ほんの少しだけ険しくなった気がしました。





 「……しかし、何でエイム君はこんなマッシブなクルマに乗るんだい? 君位の年頃なら、もう少し穏やかなクルマに乗れば、もっとモテるだろうに……」

 「あーはいはい、どうせポロなんかに乗っちゃって『すぐガソリン無くなっちゃうんですぅ~』とか言ってる方が、らしくていいんですよね~?」


 グラウニーさんに指摘されなくても、私の愛車、白のBMW・Z3じゃモテる要素は無さげですよ、はいはい。


 「……まあ、助手席に座る身としては、悪くない座り心地で有り難いんだがね」


 低く籠る駆動音と静けさの中に、キチンと自己主張する排気音の組み合わせが好きなんだけど、グラウニーさんには判らないかしら?




 


 「初めまして、ロイズ・グラウニーと申します。エイムさんと同じフリーランスのエージェント……なんですが、今回は純粋に興味が有って伺いました」


 玄関まで迎えに来てくれたエレナさんに、グラウニーさんは丁寧に言うと私の後ろまで下がり、


 「そう言う事だから、私は一切メモを取らないし、録音もしませんからご心配無く。それではカルビア、取材を始めてくれ」


 自らはハッキリと只の傍観者だと告げてから、私から先に家へ入るよう促しました。



 「……グラウニーさん、私は貴方が居ても今までと変わらず、カルビアさんにお話するつもりです」


 いつものようにお互いに向き合いながら座ったエレナさんは、私の右奥に置いた椅子に腰掛けているグラウニーさんに声を掛けて、言葉を区切りました。


 「……勘の鋭い方だ、正直にお話しますよ……私は貴女が語った過去について、出版された内容と異なる点が気になって伺ったんです」


 グラウニーさんは正直に言うと、手にした鞄から【戦車に乗った乙女達】を取り出して、パラパラと捲りながら、


 「……この本には【ハンス】と言うドイツ人の男性が一人も登場しない。いや、そもそも具体的な名前を持った相手から、貴女が戦車について学ぶ描写はされていないんです」


 彼が一番気にしていた事を指摘すると、エレナさんは静かに息を吐いてからゆっくりと目蓋を閉じて、暫しの間、祈るように何かを呟いてから語り始めました。


 「貴方のご指摘はごもっともです。グラウニーさん、私は……【戦車に乗った乙女達】の事は、史実を元にしたフィクションだと思って貰いたいんです」


 そう答えたエレナさんの言葉に、彼はピクリと眉を動かしましたが、しかし口を開かぬまま掌を彼女に付き出して、続きを促しました。


 「……丁度、()()()()から五十年が経ち……子供達も立派になって独立して、ふと思ったのです。『このまま黙っていても何も変わらないけれど、果たしてそれで良いのだろうか』と……」


 「それがきっかけとなって、以前から問い合わせされていた、自叙伝のオファーを引き受けたのですか……」


 グラウニーさんが引き継ぎながら、しかし……と前置きした後、


 「……でも、エレナさん。貴方程の聡明な方が、敢えて自らが執筆する事を避けて、口述筆記に拘った理由が、私にはとんと理解し難いんです」


 彼はそう説明し、エレナさんの表情を窺いました。


 「そうですわね……全て自らの手で執筆するのと、一度……誰かの手に委ねて、異なる視点を介してから出版されるのでは、何処かに必ず違う点が生じますからね」


 彼女はそう前置きしてから、一言付け加えます。


 「……ですが、今からお話するのは、まだ誰にも語ったことの無い、嘘偽りの無い真実です」


 ほんの僅かだけ傾き始めた陽の光が窓から射し込み、彼女を後ろから照らした瞬間、銀色の流れるような髪が輝き……在りし日のエレナさんの姿を彷彿させ……


 私達は、彼女が駆け抜けた時代へと(いざな)われたのです。





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