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プロローグ

カルビア・エイムの名前で出版された【エレナ・シュミット戦車兵回想録】の改訂版です。



……世界中の国境はインターネットの普及に依って曖昧になったけれど、相変わらず世の中から争いの途絶えない今、私達は過去の出来事から学ばなければならない事は幾らでも存在します。


 私の名前はカルビア・エイム。世間的には映像や出版物に絡む様々なセッティングや取材、時には代筆やケータリングの確保まで何でも屋さん……でしょうか。自分でも良く判りませんがね。


 いきなり堅苦しい書き出しで始めてしまいましたが、そんなに肩肘張った内容では無いので、身構えず気楽に読んでください。きっとその方が、エレナさんも喜んでくださるでしょう。


 さて、事の詳細は後程説明しますが、私達を乗せたマイクロバスが見渡す限りの泥と土塊(つちくれ)に覆われた大地をノロノロと進みます。


 写真と同じ風景に、自分達が歴史的転換期を迎えた現場に近付いていると判り、言い知れぬ高揚感に包まれました。……と、言っても私には教科書に載っている場所、ただそれだけ。当事者としての実感は有りませんから、長かった撮影の終わりが近付く事への郷愁に近いかもしれません。






 「ここです。ええ、あの頃と同じで、全く変わりませんね……」


 容姿と同じ、上品な言葉遣いで前に座る老婦人が呟きます。


 彼女はエレナ・シュミット。そう、我が国が独自立国を維持する為に、大国からの侵略進攻を止める戦い……二回目の世界大戦終結直後に仕掛けられた、どさくさ紛れの侵略戦争。それを見事に跳ね退けた勝利の立役者。教科書に「救国の勇士達」と書いてあれば、必ず彼女の若かりし日の姿が有る位の有名人。


 でも、エレナ・シュミットさんの戦後の人生は、功労者として表舞台を歩んだ訳ではなく、極めて普通。教師として生き、子を成し育て、そして老後の人生を静かに暮らしたのだそうです。


 その傍らには、三人の同年代の老婦人達……勿論、彼女達もエレナさんと同じ「救国の勇士達」。でも、見た目は年相応のおばあちゃん達ですが。


 四人がマイクロバスから降り、地面を重機で掘り返した箇所へと近付いていきます。ビニールテープで仕切られた四角い地面。その真ん中に……






 「良く、見つけられましたね」


 エレナさんが、ポツリと呟きます。彼女の視線の先には、赤錆に覆われた長方形の鉄製の箱……いや、こう呼んだ方が相応しいでしょう。


 通称【Ⅲ型突撃砲戦車】、またの名を【ヘッツァー】。そう、エレナさんが初めて乗った装甲車両の実物。車体の横には古びたペンキの痕がうっすらと残り、何かの形を描いていたのが辛うじて判ります。



 「フフフ……これ、何か判りますか?」


 エレナさんが指先で撫でながら私に問い掛けます。


 「う~ん、イヌですか?」


 困った私が適当に答えると、エレナさんが助け船を出してくれました。


 「イヌ? 尖った耳に、長い尻尾……イヌにしては、少し痩せすぎじゃない?」


 「あ、もしかしてキツネですか?」


 ようやく思い付き、エレナさんの顔を窺うように呟くと、彼女は優しく笑い掛けながら、


 「そうね、古い絵だから難しいわよね? でも、あの頃はキレイなオレンジ色で、それはそれは目立ったものよ……敵に見つかるんじゃないかって、最初はヒヤヒヤしてたんだから」


 「……で、でも、キツネがスズラン咥えて走ってる絵にして、ってリクエストしたのは……エレナだったじゃない……?」


 杖を突いたおばあさんがエレナさんの傍らに歩み寄りながら、反論しています。と、言う事は……この方が絵を描いたのでしょうか。でも、何となく優しげで、あまり憤慨してる感じでは無いんですが。


 「ええ、そうよ? どんなに困難な帰路になっても、知恵を絞って必ず帰る、って意味を籠めたつもりでしたし、スズランだって雪に耐えて春に花を咲かせるお花です。エリーは絵が上手かったから、必ず綺麗に描いてくれると信じてました」


 杖を突いたおばあさんを中心に、三人がアハハハハ、と笑いながら絵を囲んで思い出話に興じ始め、その様子をテレビクルーが離れた場所から撮影し、今回の取材は無事に終了しました。



 エレナさんの話をエージェントが聞き取って纏めた本、「戦車に乗った乙女達」についての後日談的な取材、と言う事で私は彼女のお家を初めて訪れたのですが、エレナさんの記憶が過去の話とは思えない程ハッキリしていたので、つい思い付きで「乗っていた戦車が遺棄された場所が判れば発掘調査が出来るかもしれない」と提案した結果……あれよあれよと言う間に話が進み、気が付けばテレビ特番が組まれていました。


 撮影開始前からエレナさんとテレビ局の橋渡し役として忙しく走り回り、いつの間にか彼女の家に何度も足を運ぶ日々が続き、随分と近しい間柄になった気がします。でも、それでも彼女は私にとって、何処か違う空気を纏った、異世界のヒトに思えます。



 「それで……中には、何か残されていましたか?」


 収録が済み、博物館に移送する為、クレーン車でトレーラーに積み込まれる戦車を眺めながら、エレナさんが訊ねます。


 「……男性と思われるご遺骨が、一人分、(のこ)されていました」


 「……そうですか。……ありがとう御座います」


 エレナさんはそう言いながら、丁重に頭を下げました。




 「その……宜しければ、その人物は誰だったか教えて頂けますか?」


 私がそう言うと、エレナさんは寂しそうに微笑みながら、


 「……さあ、誰だったでしょう……遠い昔の事だから、すっかり忘れてしまいました」


 誤魔化すように呟くと、私に背中を向けてバスに向かって歩き出します。




 でも、カメラクルーと撮影スタッフが撤収し終えて、人気の無くなった荒野の真ん中で停まっているバスの手前でエレナさんは立ち止まり、くるりと振り返ると私に向かって片目を瞑りながら、


 「……けれど、あなたが知りたいのなら……思い出す努力はしてみても、宜しくてよ?」


 と、そう言いながらバスの昇降口に足を掛け、綺麗な銀色の髪を靡かせ乗り込みました。


 ……ふと、夕方の弱々しい陽の光が煌めきながら雲間から射し込んだその時、どの書籍の写真かは忘れてしまったのですが、同じポーズで身体を捩らせて振り返りながら、射抜くかのような鋭い視線で遠くを見るエレナさんの若い頃と見事に重なり、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、歴戦の戦車乗りとして名高かった【戦車喰らい(タンク・イーター)のエレナ】の姿が現れて、そして静かに消えていきました。



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