第7話・目覚め
「……んっ」
俺は暖かい何かを感じて目を覚ました。
――朝か。
開いていた窓から風と共に朝日が入り込み俺の顔を照らす。
その眩しさに目を細めながら俺は上体をゆっくりと起こした。
見覚えのある殺風景な部屋だ。このベッドにも見覚えがある。
という事はここは……俺の部屋か。
「あれ、でも俺は確か――」
俺は自分の最後の記憶を思い起こす。
(そうだ。俺はウォルフと戦って、なんとか勝って、シエラと女の子を助けて――)
ガチャ、とドアノブが回る音がして扉が開いた。
俺の思考は途切れ、自然と開いたドアの方へと視線が向く。
「……マサル?」
そこにいたのは赤い花を手に持ったシエラだった。
「あっ、おはようシエラ」
「ッ! おはようじゃないわよ――!」
シエラは俯きながらツカツカとこちらに近寄ってきてベッドの横で立ち止まる。
「バカ」
「はぁ? いきなりなんだよ」
「バカだからバカっていったんでしょ」
「おいおい、朝からなんなんだよ? シエラ、お前変――!?」
と、突然シエラが覆いかぶさるように俺に抱き着いてきた。
あまりに急な事にどうする事も出来ず、俺はただ体を硬直させる。
シエラの綺麗な金色の髪から漂ういい匂いが鼻をくすぐり、柔らかな感触が俺の胸元に当たる。
「あっ、あの……シエラさん?」
俺は何故か敬語になってそう言った。
すると俺を抱きしめるシエラの腕がぎゅっと力を増した。
(あああっ、ダメだ! 考えないようにしてもめちゃくちゃいい匂いするし、シエラの全部めちゃくちゃ柔らかい!!)
このままでは身体的にマズい問題が起きると思った俺は、シエラの両肩に手を置いて少し強引に引き剥がす。
「本当にどうしたん……」
と、俺はそこまで言って口にするべき言葉を忘れてしまう。
それは目の前のシエラが涙を流していたからだった。
手にしていた赤い花と同じくらい赤くさせたシエラの目からは、ポロポロと涙がこぼれている。
「あんた2日も寝てたのよ……あたし、マサルがもう目を覚まさないんじゃないかと思ったんだから」
流れる涙を必死に拭いながら、シエラがそう言う。
――ああ、そうか。この涙は俺のせいなのか。俺がシエラを泣かせてしまったのか。
そう思うと心臓が締め付けられたように胸が苦しくなった。
「なんていうか……ごめん」
「ごめんじゃないわよ……バカ」
俺とシエラの間に沈黙が流れる。
こういう時、どうしたらいいのかわからない自分が情けなくて歯がゆい。
「ハーハハッ! 皆そんなところで何をしているのだ?」
と、空気をぶち破るようなガルテアさんの大声が響いた。
俺はその声が聞こえてきた方へと顔を向ける。
すると開いたままだったドアの向こうに、部屋の中をのぞき込むように見ていた3つの顔があった。
その顔の中のひとつ――カインが叫ぶ。
「だぁ~っ! おっさん空気読めやぁッ!?」
「んんッ!? どういう事かナッ!」
「んなの、みりゃわかるだろーがぁッ!」
と、俺は別の顔――ポーラちゃんと目が合った。
ポーラちゃんは顔を真っ赤にして慌てて口を開く。
「あわわわわっ!? ちっ、違うんですマサルさんお嬢様ぁっ! わ、わたしは覗くつもりなんてこれっぽっちも――!」
「……見習いはソッチの方もまだ見習いだな。抱きしめてやるか頭くらい撫でてやれよ」
「ちょっ、ちょっとマシューくん! なななっ、なに言ってるのぉ!?」
……マシューの奴め。覚えておけよ。
俺がそんな事を思っていると、シエラが顔をごしごしと拭いて勢いよく立ち上がる。
「あっ、ああっ、あんた達いつから見てたのよぉッ!?」
「んーっ、なんかお嬢とマサルンが抱き合ってたところからっスかね?」
てへぺろ、という感じでカインが舌を出した。
「ッ!? あ、あれは違うから! そう、違うから!? いいわね、違うのよあんた達!?」
(なにが違うっていうんだ……意味がわからないぞシエラ)
俺はそう思いながら、耳まで赤くした顔をしているシエラを見上げる。
「なんですか? 皆さんで朝から騒々しい……」
と、カーミラが俺たちの間に割って入るように現れた。
そして彼女はこちらを見ると「目を覚ましたのですね」と言って、部屋の中に入ってくる。
「勝手に入ってしまい申し訳ありません。ですが、目が覚めたようなので安心しました。お嬢様がずっと心配しておりましたのでよかったです」
「カーミラ余計な事言わないでよ」
「申し訳ございません。”マサルがこうなったのは自分のせいだから”と甲斐甲斐しく面倒をみていた事は黙っておくべきでしたね」
「――ちょっ、だから余計な事言わないでって言ってるでしょ!?」
「申し訳ございません」
カーミラは深々と頭を下げる。
――これ絶対悪いと思ってないだろう。
俺はそう思う。
薄々感じてはいたが、カーミラっては結構悪い奴だな。
「それはそうと。貴方にはこれをお渡ししないといけません」
と、頭を上げたカーミラはそう言って、ポケットから何かが包まれた布を取り出す。
そしてカーミラが差し出してきたそれを俺は受け取った。
「これは?」
「人食いウォルフの懸賞金の一部です」
「えっ、ああっ、そうか。俺があのウォルフを倒したんだっけ……でも、これは受け取れませんよ」
「何故ですか?」
「何故って、俺はここでご飯を食べさせてもらったり、部屋をあてがってもらったりでお世話になりっぱなしですし……これはギルドのためにでも使ってください」
「その心配でしたらご無用です。貴方が来たことにより発生していたマイナスや冒険者としての登録料など諸々の諸経費はすでに頂いた後の残りがソレですので」
「あっ、あはは……そ、そうだったんですね」
「はい、当然です」
カーミラはメガネをクイっと持ち上げる。
変わり者が多いこのギルドがちゃんとやっていけてるのはこの人のおかげなんだなと、俺は身を持って理解した。
「そういう事なら、遠慮なく」
俺はそう言ってお金の入っている布をじっと見つめる。
(俺がこの世界にきてはじめて自分の力で稼いだお金か……なんかすぐには使ったりできないよな。大事にしよう)
「いやぁ~でもさ、マサルンってホントすごいのな」
と、いつの間にかカーミラさんの横に立っていたカインが言った。
「なんだよカイン、急に気持ち悪いな」
「いやいやお世辞じゃなくてさ。剣を握ってまだ少しなのに指名手配の獣人倒しちゃったんだよ? 普通ありえねーって、お兄さんはビックリだよ。
オレ正直さ、お嬢って世間知らずなところあるし、マサルンに勇者詐欺みたいな感じで騙されてるんじゃないかとか思ってたんだよね。でも、ごめん! 謝るわ!」
「謝ることなんてないでしょ――きっとまぐれだよ」
「おまえはバカかマシュー? まぐれなんかで人食いウォルフが倒せるかよ。あいつを狙って帰ってこなかった冒険者は結構いるって話だったんぜ?」
「これはお嬢がいつも言っているようにマサル殿は誠に勇者かもしれませんナッ!」
ガルテアさんはそう言うと「ハーハハッ!」といつものように笑った。
と、ポーラちゃんがみんなの中から一歩前にでて真剣な顔つきで口を開く。
「わたし、戦いの事はよくわかりませんけど――それでもこれだけは言いたかったんです。マサルさん、お嬢様を助けていただいて本当にありがとうございます!」
「ポーラちゃん、そんな頭を下げなくても……」
「いえ、わたしにとってはお嬢様は命と同じくらいとても大事な方なんです。だから危険な目にあったって知ってとても怖くて」
「もう、ポーラったら大袈裟よ」
「でもお嬢様ぁ」
「皆さん」
パンパンと手を叩いて会話を止めたのはカーミラだ。
「マサル様は目を覚ましたばかりですから、静かに休ませてあげましょう」
「あっ、カーミラ――さん。はじめて俺の名前を呼んでくれましたね」
「そうでしたか? それと、私の事はカーミラとお呼びいただいても大丈夫ですので」
カーミラはそう言うと、いつもの固い表情を崩してふわりとした笑みを浮かべた。
(笑ったところもはじめて見た)
俺が少し驚いている間に、エルフ耳をぴょこぴょこと動かしながらカーミラが皆を部屋の外に追い出していく。
「そうでした。お嬢様はその花を活け替えたら食堂に来てください。朝食のお手伝いをお願いしたいのでよろしくお願いします」
「それでは失礼いたします」と言葉を残し、カーミラが部屋の扉を閉めた。
騒がしかった部屋が静かになり、残された俺とシエラは顔を見合わせる。
そして何が可笑しいのかわからなかったが、俺たちは声を出して笑ってしまう。
「そういえばシエラ、その花ってどうしたんだ?」
「ああ、これね。これはマサルが助けた女の子が持ってきたのよ。”お兄さんが良くなるようにあげてください”ってね。モテるわね」
シエラはそう言いながら、花瓶に刺さっていた同じような花と持ってきていた花を活け替える。
俺は花を見るような趣味はないから、きっとシエラが用意してくれたのだろう。
(でもあの子……あの花を毎日持ってきてくれてたのかな。後でお礼に行くか)
「これでいいわね」
「ありがとうシエラ」
「……それはこっちのセリフ」
「えっ?」
「ちゃんと言ってなかったから言うわね――……助けてくれてありがとう。勇者様」
シエラはそういうと、「じゃあね」と言い残してそそくさと俺の部屋を出て行った。
バタン、と閉まった扉をじっと見つめる。
「勇者様か」
俺はシエラが口にした言葉を反芻する。
すると顔がどんどんと熱くなっていくのが自分でもわかった。
「ちゃんと言われると、なんか恥ずかしいな」
あまりに顔が熱いので角でも出ているんじゃないかと思って額を触ってみた。
だが、角は出ていなかった。