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第6話・VS人喰いウォルフ1


 俺とシエラがはじめて出会った森――この辺りの人々からは女神の森と呼ばれているらしいここが、いつも勇者特訓を行っている場所だ。

 大きなギルドだと訓練用の施設などもあるらしいが、赤鷹騎士団にはもちろんそんなものはない。

 街中で剣を振り回すわけにもいかないのでこの場所というわけだ。


「はい、そこまで!」

「だはぁー!」


 素振り100回が終わり、俺はその場にへたり込む。

 腕がもうパンパンだった。


「何よ。だらしないわねぇ、マサル」


 俺と同じように素振りをしていたシエラだが、彼女は涼しげな顔でそう言う。

 俺は額の汗を拭いながら口を開いた。


「しょうがないだろ。シエラと違ってこんな事今までやってきてなかったんだから」

「ふーん、でもその割には頑張るじゃない」

「まあそれはシエラがいるからな」

「えっ――ちょっ、なっ、何急に変な事言ってんのよ!?」

「いや、だってほら、ちゃんとやらないとシエラめちゃくちゃ怖いからさ」


 はははっ、と笑った俺だったがシエラの顔には笑顔はない。

 むしろなんか怒ってるような……。


「素振り100回追加」

「えっ、ええっ!? なんで!」

「いいから黙ってやる!」


 恐ろしや。とりあえずこうなってはやらないといけないのだろう。

 俺は木剣を地面に突き立て、それを支えにして立ち上がる。


「きゃあああああ!!」


 と、突然森の奥の方から誰かの悲鳴が聞こえてきた。


「なんだ!?」

「森の奥――女神の泉の方から聞こえたわね」

「行こう!」

「あっ、マサルちょっと待ちなさい!?」


 俺はシエラの制止を振りきり走りだす。

 だがここは草木の生い茂る森の中。整地されていない藪道に邪魔な枝葉が俺の歩みを鈍らせる。


「まったく泉の正確な場所もわからないくせにひとりで突っ走るんじゃないわよ」


 と、手にしたロングソードで邪魔な枝葉を切り払いながらシエラが俺の横に並んだ。

 さすが冒険者、足運びも軽やかで森の中でもスピードを落とさずに走っている。


「こっちの方が近いはついて来なさい!」


 シエラはそう言うと俺を追い越し、道なき道を切り開きながら前へ前へと進んでいく。


「くそっ!」


 シエラの背中を見ていたら俺はなんだか悔しくなって思わず悪態をついた。

 だが、すぐに気持ちを切り替えてシエラに遅れまいと足を動かす。

 ――どれくらい走っただろうか。


 突然、前を行くシエラが足を止め、ジャスチャーで止まれと俺に合図した。

 それを見て俺は足を止める。

 シエラは身をかがめ、茂みに隠れるようにして前の様子を伺う。

 そんな彼女の隣へと俺も身をかがめて近寄っていく。


 見れば、泉のほとりで赤いビロードの頭巾を羽織った中学生くらいの女の子が二足歩行の狼に腕を掴まれていた。

 その狼は丸まっている背中を伸ばせば身の丈2mほどもありそうな巨体で、胸には爪か何かで掻きむしったような傷が無数についている。

 そんな異様な姿の狼は、逃げようともがく女の子を片手で軽々と持ち上げた。

 恐怖から女の子がまた悲鳴をあげる。

 狼はそんな女の子を見てニタニタと嫌らしい笑みを浮かべた。


(助けないと……!)


 俺は茂みから飛び出そうとしたが、それはシエラに腕を掴まれた事で阻まれた。

 俺がシエラの方へ振り返ると、彼女は首を横に振る。

 そして小さな声で俺に言った。


「マサル、あんたがいきなり飛び出しても殺されるだけよ」

「でも……」

「いい。いまここにいるのはあんたとあたしだけ……あたし達がやられればあの子の命はないわ。獣人相手なら慎重にいかないと」

「獣人? 獣人って確か国を持ってて人間とは友好的にしてるって言ってなかったか?」

「ええ、基本的にはね。でも獣人も人間と同じよ。獣人の中にも悪い奴はいる」

「つまりアイツは悪党って事か……まあ見ればわかるけどさ」

「でも小物じゃない。あの掻きむしった胸の傷は間違いないわ。あいつは討伐依頼も出てる人喰いウォルフよ」

「人喰い――」


 俺は息を呑み、女の子を掴み上げる狼獣人を見た。


「――ハハっ、アッハハハッ! いいねぇ、もっと怖がって泣き叫んでいいよぉ! その恐怖に歪んだ顔と声は最高のスパイスになるからさぁ。

 それにねぇ、僕ねぇ、女の子のお肉って甘くて柔らかいからだぁーいちゅきなんだぁ。だからぁ、じっくり味わって食べてあげるねぇ」

「ひっ……いやぁ……誰か、誰か助けて!」


 俺はすぐにでも飛び出したい気持ちを握り拳を作って抑えた。


「くっ……なんであんな奴がこの森に――!」

「この森が女神の森って呼ばれているのは、女神様のご加護があってモンスターがあまり近寄らないからなよ。

 魔王が復活してから魔物が増えて、凶暴化してるって話したわよね? だからここを通ってどこかに向かう人間が最近増えたの。

 きっとあいつ、そんな人間たちを狙って襲っていたのよ。自分が魔物に襲われるリスクも少ないし、この森でたびたび人が襲われたりする事件が起きてたけど……もっと早くわかっていれば」


 シエラは忌々しそうに人喰いウォルフを睨みつける。


「マサルお願いがあるの。危険なお願いだけど聞いてくれる?」

「ああ、あの子を助けるんだろ。それなら力を貸すさ」

「さすがマサルね。そう言ってくれると思ってたわ。それじゃあ数十秒でいい。あいつの注意を引きつけて、私はその間にあいつの背後に回り込んで仕掛けるわ」

「わかった」


 俺はシエラの言葉に頷くと、茂みの中から勢いよく飛び出した。


「――そうだぁ。服は喉に引っかかって邪魔だし美味しくないから最初に剥き剥きしちゃいましょうねぇ」

「おい、ウォルフ!」


 人差し指の爪を使って捕まえていた女の子の服を胸元あたりまで引き裂いていたウォルフがその動きを止めた。

 そしてこちらへゆっくりと顔を向ける。

 暗く淀んだ瞳に光はなく、深い闇に見つめられいる様で俺の背筋がゾクゾクと震えた。


 ――昔の俺なら怖くて腰を抜かしていたかもしれない。適当に理由をつけてこの場から逃げ出していたかもしれない。

 俺は手にしていた木剣を力強く握りしめる。

 そしてこの木剣をシエラにはじめて手渡された時の事を思い出す。


『あんたは確かに少し変わってると思うけど……でもあたしは信じてる。お母様がずっと話して聞かせてくれたお話にでてくる勇者だってね。だから、一緒に頑張りましょう。みんなに認めさせてやるのよ!』


 ひとりでも信じてくれる人がいる。何もないこの俺を信じてくれている人がいる。


「た、助けて!」


 いや、ひとりじゃない。あの子も俺が助けてくれると信じている。

 それなら俺は――勇者でなくてもやってやる!

 俺は木剣の剣先をウォルフに向けた。


「その子を離せ!」

「なんだぁい、君は? 冒険者かなぁ?」

「そうだ。その首もらうぞ、ウォルフ!」

「……メンドクサイなぁ。せっかく冒険者にバレないように上手に食べてたっていうのに――ところで君さぁ、ふざけてるのぉ? そんな棒切れひとつで僕を殺すつもりかい?」

「ああ、お前みたいな腐れ狼は棒切れ1本で十分だろ」

「フハっ、フハハハハッ! なに、それ? カッコいいつもりぃ? 正義の味方とかそういうやつぅ? めちゃくちゃダサいよ。弱そうだしさぁ……それにッ!」


 ウォルフは後ろに振り返りざまの裏拳を放った。


「――ツぅッ!?」


 背後に回り込み、隙をみて斬りかかったはずのシエラが裏拳を受けて吹き飛ばされた。


「シエラ!?」

「だっ、大丈夫!」


 シエラはすぐさま立ち上がるとロングソードを構えた。

 俺も木剣を構え、ウォルフをシエラと挟むような形になる。


「君ら人間にはわからないんだろうけどさぁ、僕ら獣人にはわかるんだよねぇ。人より大きなお鼻がついてるからさぁ」


 ウォルフは湿った大きな鼻をひくひく動かしながら、捕まえていた女の子の胸元に押し当てた。


「う~ん、匂うぞぉ。人間の美味しそうでいい匂いだぁ。それに大きなお耳にはよく聞こえるぞぉ、恐怖に震える心臓の音。大きなお目には映るぞ引き攣ったお顔が……」

「ひっ――!」


 捕まっている女の子の顔をウォルフの長い舌がベロリと舐める。


「もう食べちゃおうかなぁ~?」

「ウォルフッ!!」


 気が付くと、俺は怒声を上げながら大地を蹴ってた。

 走り出した俺は一直線にウォルフに向かい、手にした木剣を振り下ろす。


 ――バキバキッ!


 だが、俺の手にしていた木剣はウォルフの腕に当たると真っ二つに折れた。


「もう――痛いじゃないかぁッ!」

「ぐっ!?」


 ウォルフの鋭い蹴りが腹部に突き刺さる。

 ミシミシッ、という骨が軋む嫌な音を聞きながら、俺は後ろへと吹き飛ばされた。


「マサル! ――ええいッ!」


 シエラは俺に注意を向けていたウォルフの背後に走り寄り、手にした剣を振りかぶる。


「バァッ!」


 と、ウォルフが後ろを振り返り、捕まえていた女の子を盾にするように前にだした。

 シエラは振りぬこうとしていた剣をなんとか寸前で止める。


「ヒャハハハッ、これが欲しかったんだろぉ! あげるよホラッ!!」


 ウォルフはそう叫ぶと、掴んでいた女の子をまるでゴムボールでも投げるかのように軽々とシエラに投げつけた。

 それを見たシエラは剣を捨て、女の子を守るようにキャッチする。その衝撃で彼女はバランスを崩し、女の子と重なるようにその場に倒れ込んだ。


「ううッ……」

「だっ、大丈夫?」


 シエラは上体を起こして女の子にそう聞いた。

 女の子は弱々しくもしっかりと目を開きつぶやいた。


「は、はい……大丈夫、です」

「よかった」

「ヒヒッ、ヒャハッ!」


 ――バキンッ!

 と、ウォルフがシエラの捨てたロングソードを踏み折った。

 それを見たシエラの表情が変わる。


「さぁて、ご馳走がふたつあるぞぉ~。どっちから食べようかなぁ、冒険者の女の子の方がムチムチとして肉付きがいいし、美味しそうだから先にいただこうかなぁ」


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