第5話・赤鷹騎士団1
サンジェルマンの街にある冒険者ギルド【赤鷹騎士団】
そこに来てから早いものでもう2週間が経った。
はじめてここに連れてこられたあの日。全裸で土下座をした俺はシエラに強烈な張り手を食らって気を失った。
その翌日、目を覚ましたら俺はベッドの中だった。
ありがたいことに近くに服が用意されていたのでそれに袖を通してみると、それはよくある執事のような服装だった。
後からポーラちゃんやシエラに色々聞いた話だと、なんでもこの服は昔いた執事のおさがりらしい。
布1枚から執事服へと見た目だけはかなりランクアップしたのだが、現在の俺の扱いは元の世界でやっていたバイトのような感じだった。
今は食料の在庫管理や夜の戸締り、皿洗いなどなど色々な雑用をやらされている。
この世界でやっていく伝手はなかったし、色々あってここに置いてもらえたのはラッキーだったと素直に思うんだが……。
「勇者の仕事じゃないよな、これ」
ギルドの調理場にて絶賛皿洗い中の俺は、皿についた水滴を拭き取りながらひとりごちる。
アニメや漫画なんかだと異世界に来たらすぐに事件がたくさん起きて、手に入れたスーパーパワーでズババンと敵をやっつけて大活躍。女の子にモテモテなはずなんだが……おかしい。何かがおかしい。
確かに神様に勇者だとか言われたり、額から謎の白く輝く角が生えたりはした。
だけどこの2週間勇者としての実感は何もないし、角を出そうと密かに色々試してみたりしたが上手くいかなかった。もちろん女の子にモテモテでもない。
「皿洗いにいつまでかかっているんですか、もっと早く手を動かしてください」
と、そういうカーミラの声が後ろから聞こえた。
俺は苦笑いを浮かべながら肩越しに振り返る。
「あっ、すいません」
「謝罪はいいので手を動かしてください」
カーミラは相変わらずの冷たい感じでそう言い残すと、俺と目も合わさずにどこかに行ってしまった。
(――カーミラにはモテるどころか完全に嫌われてるよなぁ。まあ出会いが最悪だったから仕方ないのかもしれないけどさ……)
「あの、マサルさん大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」
カーミラが行った後、ひょっこりと顔をのぞかせて現れたポーラちゃんがそう言った。
「ありがとうポーラちゃん。じゃあ甘えようかな」
「はい、そうしてください!」
ポーラちゃんはニッコリと微笑み、俺の隣へとやってくる。
カーミラとは反対に、この子とはだいぶ仲良くなった気がする。
彼女いわく仕事仲間が増えて嬉しいらしい。色々話しているうちに俺の方が年上だとわかって一応立ててくれてもいる。
学校ではサークルなどにも入らずエリート帰宅部を通してきた俺にはこの関係はとても新鮮だった。
(後輩ができるとこういう感じなのかな)
俺がそんな事を思いながらポーラちゃんを見ていると、その視線に気づいて彼女が上目遣いでこちらを見た。
「あの~、わたしの顔になにかついてますか?」
「いや、えっと……そうだ。これを食器棚に戻してくれないかな」
気恥ずかしを誤魔化すために、俺は拭き終わっていた何枚かのお皿をポーラちゃんへと渡した。
彼女は元気よく返事をするとお皿を持って食器棚へ向かう。
「とてもいい子だ……尊い」
「ちょっとマサル、なにイヤらしい顔してポーラを見てるのよ」
と、今度はシエラが現れた。
いつから見ていたのか、俺を釘刺すような鋭い目つきで睨んでいる。
「イヤらしいって……そんな目でポーラちゃんを見るわけないだろ」
「どーだか、あんた変態だし心配なのよねぇ」
「あのなぁ、何度も言ってるけど俺は変態じゃない――勇者だ!」
「まあそうね、あんたには本当に勇者であってもらわないと困るし――というわけで、お昼も食べたし今日も午後の特訓するわよー」
「……今日もか」
「毎日やるって約束でしょ」
「わかってます。わかってますよ」
「じゃあいつものところで待ってるから、それが終わったらちゃんと来なさいよ」
「承知しましたお嬢様」
「――ッ、お嬢様はやめてって言ってるでしょ!」
「はいはい、冗談だよ。悪かったって」
シエラは「う~っ」と唸って何か言いたげな顔をしていたが、結局は何も言わずにこの場から去っていった。
ここに来てわかった事のひとつなのだが、それはシエラがかなり身分のある人間だという事だ。
本人はその事について話したくないらしく、俺はその事実をポーラちゃんから教えてもらった。
なんでもシエラはこの辺境地域を治めるハイロイド=ゲオルグ辺境伯の孫にあたるらしい。
ギルドのみんなからお嬢様呼ばわりされているなとは思っていたが、正真正銘のお嬢様だったと知った時は俺も驚いた。
知ってしまったからにはと、俺も皆に倣ってシエラをお嬢様呼びしようかと思ったが、「気持ち悪いからやめてもらっていい?」と本気で嫌がられてしまった。
ポーラちゃんや他の人がよくてなんで俺だけダメなのかは謎のひとつだが、俺にはもうひとつの謎もあった。
それはなんでお嬢様であるシエラが冒険者をやっているのかという事だ。
ポーラちゃんに聞いてみたが、ここに来てからまだ数年だという彼女もその理由は知らないらしい。
『カーミラさんならたぶん知っていると思いますよ』
とはポーラちゃんの言葉。
(……俺がカーミラに聞いても絶対教えてくれないだろうな)
俺は心の中でそう思って口元を歪めた。
「あの、マサルさん」
「と、なんだいポーラちゃん?」
「ここはわたしがやっておきますので、お嬢様のところへ早く行ってあげてください」
「いやっ、でも……」
「わたしの事は気にしないでください。これも仕事のひとつですし、それにその方がお嬢様も喜ぶと思いますので」
「なんでシエラが?」
「お嬢様の変化に気づきませんか?」
「俺は知り合ってまだ間もないからね。会った時からあんな感じだったけど……違うのか?」
「はい。最近はなんだか楽しそうにしています。お嬢様には同い年くらいのお友達がいなかったので、年の近いマサルさんとお知り合いになって友達ができたように思っているのかもしれません」
「ポーラちゃん、それは違うと思うぞ」
「そうですか?」
「あれはきっとストレス発散できる相手がみつかって元気がよくなってるだけだ。毎日特訓でしごかれている俺がいうんだから間違いない」
俺はここ最近行われている”勇者特訓”を思い出しながらそう言った。
勇者特訓――それは簡単に言うと剣術の訓練で、シエラが俺の先生となって基礎から色々と教えるという形をとっている。
ストレッチに筋トレから始まり、素振りや形、仮想の敵を想像しながらのシャドーボクシングならぬシャドー剣術。シエラとの手合わせ――まあ色々とやっているという事なのだが、その時のシエラはまるで悪魔のように微笑みながらビシバシと俺を指導するのだ。
しかし、元の世界ではゲームやアニメ、漫画の世界でしか剣など見たこともなかったが、本当に振り回すことになるとはなんとも不思議な気持ちだ。
(でもまだ修行中の身ということで木剣しか握られせてもらってないけどな)
俺は自分の中でツッコミをいれていると、ポーラちゃんが俺の後ろに回って背中を押す。
「とにかく! マサルさんは早く行ってくださぁ~い!」
「うわぁっ!? わっ、わかったよ! じゃあ悪いけどお願いするね」
「はい!」
ポーラちゃんは満面の笑みを浮かべる。
――尊い。
俺はそう思いながらポーラちゃんに手を振り、調理場を後にした。