第4話・冒険者ギルドへ
俺はシエラに連れられて、サンジェルマンという街にたどり着いた。
道すがら色々と質問していたが、この街がシエラの生まれ故郷だという事も教えてもらった。
そんなサンジェルマンの街並みはファンタジーRPGゲームでよくみかけるようなもので、周囲は魔物などの襲撃に備えてか高めの壁でぐるりと囲まれている。
パッと見た感じ、発展した大都市という印象よりも緑豊かな自然が残る辺境の中心的な街といったと印象を受けた。
そんな街の正門をくぐると、すぐに大きな通りに出た。
大通りには人の姿がそれなりにあって、パンイチならぬ布イチ状態で歩いているのが精神的にかなりきつい。
道行く人たちにジロジロと不審がる視線を向けられるが、シエラが前を歩いているので辛うじて大事にはならなさそうなのがせめてもの救いだ。
俺は恥ずかしさから終始下を見て歩き、街並みをじっくりと眺める余裕もなく歩みを進める。
前を行くシエラはどんどんと人通りのない道を進み、いくつかの角を曲がったところで足を止めた。
「さあ、着いたわよ」
シエラの言葉に俺は下に向けていた顔をあげる。
すると目の前にはお世辞にもキレイとは言えない古めかしい建物があった。
その建物は2階建てで、入り口には二頭の鷹が向かい合う赤い旗が掲げられている。
(あれはギルドエンブレムかな。でも、想像してた冒険者ギルドとだいぶ違うな。ごっつい装備したおじさんとかやけに露出した装備のお姉さんとかがたくさんいてもっと繁盛してるのかと思ってたけど……なんかボロいし人の気配をあまり感じないぞ)
「あんた今ボロいとか思ったでしょ?」
「えっ、いや、そっ、そんな事思ってないって!」
「あのねぇ、これでもうちは由緒あるギルドなのよ」
「へぇ、そうなんだ。そうは見えないなぁ……」
俺はそう言ってからしまったと思って口を噤んだ。
じーっとこちらを見つめるシエラの視線が痛い。
と、シエラが小さなため息をついた。
「まあ、仕方ないか。名声はもう過去のものだし、ここは元々潰れた宿屋だったところをそのままギルドハウスとして使ってるからなぁ」
「なるほど。この建物は元宿屋だったのか……そう言われると部屋も多そうだし、広くていいんじゃないか」
「無理に褒めなくてもいいわよ」
シエラはふんと鼻をならすと踵を返し、ギルドハウスの扉を開けて中に入っていく。
俺もそれに続いて扉をくぐり抜けた。
「おかえりなさいませシエラ様」
中に入るとすぐさまそんな声が俺たちを出迎えた。
見れば、正面に見える受付カウンターの中にいたひとりの女の子が深々と頭をさげている。
ゆっくりと顔をあげたその子は、肩口くらいまである黒髪をハーフアップの形でまとめ、メガネにメイド服という王道スタイルに身を包んだ美人だった。
表情が固めで少し冷たい印象を受けるが、それよりも俺が一番目を引かれたのは彼女の耳だった。
横に伸びるように長く伸びた耳。それはファンタジーものではお馴染みのエルフ耳そのものだった。
(この子はやっぱりエルフなんだろうか)
珍しさから不躾な視線を向けていた俺に、メガネの奥に見える彼女の三白眼を微かに細められる。
彼女は自然な流れで俺から視線を逸らし、シエラを見据えて口を開いた。
「シエラ様、うちは貧乏なので犬や猫は拾ってきてはダメだとあれほど申しておりますのになぜお聞き入れになってくれないのですか?」
「――なっ!?」
「俺は犬猫と同列なのかよ!!」という言葉をなんとか飲み込む。
(涼しげな顔してなんて事いいやがるんだあのエルフメイド!?)
俺がぐぬぬっと顔を歪めているとシエラが言った。
「はは……まあ、そう棘のある言い方しないでよカーミラ。こいつ、もしかしてすごい掘り出し物かもしれないんだからさ」
「――申し上げにくいのですが、シエラ様が昔からそうおっしゃられて拾って来たモノでその通りであったモノはほとんどなかったかと」
「うっ、痛いところつかないでよぉ」
「申し訳ございません」
カーミラとかいうエルフメイドは深々と頭を下げてはいるが……こいつ絶対に悪いと思ってないだろう。
「あっ、おかえりなさいませッ! お嬢様!」
と、今度は俺の後ろから元気な声が聞こえてきた。
肩越しに後ろを見れば、そこにはカーミラと同じようなメイド服をきた女の子がひとり立っていた。
その子の背は小さめで、メイド服のサイズもあっていないのか少し手まで隠れてしまっている。
そんな服の着こなしと、かわいらしいサイドテールの髪型をしているからか”お人形さん”のイメージがふと俺の頭の中に浮かび上がった。
華奢な体つきをしており胸はないが、女の子らしいかわいさを自然と醸し出すような雰囲気がある。
同じメイド服を着ていても冷たい印象を放つカーミラとは正反対な感じの子だ。
「あの、えっと……こちらの方はどちら様でしょうか?」
俺の不躾な視線におどおどしながらも、女の子はシエラにそう聞いた。
「あっ、そういえばまだ名前は聞いてなかったわ」
「ええっ!? お嬢様、名前も知らない人を連れてきたんですか……危ないですよ」
「大丈夫よ、ポーラ。あたしが強いのは知ってるでしょ?」
「それはそうですけど……」
ポーラと呼ばれた女の子は俺を見つつ、少しずつシエラの側に近寄っていく。
(明らかに警戒されてるな。仕方ないとは思うけど、こんなかわいい子に避けられるとなんか少し傷つく)
俺はそんな気持ちを吹き飛ばすように、咳ばらいをひとつした。
「えっと、俺は日ノ出優って言います。その、なんていうか、ここまで色々ありがとうシエラ――さん」
「常識がないのかと思ってたけど、お礼はちゃんと言えるのね。感心感心――でも、ヒノデマサル? あんまり聞いたことがない語感の名前ね」
「そうかな? すごい普通の名前だと思うんだけど……」
「それはともかく――シエラ様、なぜこの布男をここまで連れてきてしまったのですか?」
(ぬっ、布男って……)
カーミラが相変わらずの棘のある言い方でシエラに聞いた。
シエラはそんなカーミラに向かって得意げな様子で口を開く。
「カーミラ、あたしだってバカじゃないわ。理由があって連れてきたに決まってるでしょ――聞いて驚きなさい! このマサルはね、勇者かもしれないのよ!」
「……はぁ」
カーミラはあからさまなため息をついてみせる。
そしてゆっくりと後ろを向いて、いろいろな紙が無造作に張られた木製のボードの中から一枚の紙を剥がし取った。
「確かに驚きました。つまりシエラ様は、この賞金が目当てということですね」
カーミラが剥がした紙をこちらに向かって突き出すように見せる。
そこには「来たれ! 勇者よ!」という大きな文字と共に0がたくさん並んだ数字が書かれていた。
「わぁ、すごい金額ですね。これだけあればこのギルドハウスも立て替えられちゃうかも」
ポーラは紙に書かれた数字を見て、目をきらめかせながらそう言った。
「ポーラ、ギルドハウスだけじゃないわよ。勇者が所属するギルドとなれば、この赤鷹騎士団の名声もきっと復活する。あたしたちが魔王討伐の大任を任されるかもしれないわよ!」
「わっ、わわっ! それはすごいですねお嬢様!!」
(なんか俺がもう勇者であること前提で話が進んでいるけど大丈夫なのだろうか)
俺が一抹の不安を覚えているとカーミラが「シエラ様」と口をはさむ。
「申し訳ありませんが、私はこの布男が勇者と呼ばれるようなお方にはまったく微塵にも思えませんし見えないのですが、何か根拠があるのでしょうか?」
「フフフっ、カーミラよく聞いてくれたわね。あなたも知ってるでしょ、勇者伝説のお話?」
「おとぎ話や歌劇にもなっているのでもちろん存じておりますが、それとこの布男になんの関係が?」
「マサルはね、伝説通り角が生えるのよ」
「……」
カーミラが無言で俺を見つめる。そしてすぐに視線をカーミラに戻して言った。
「シエラ様、きっとお疲れなのですね。今日は早くにお休みになられた方がよろしいかと――」
「ちょ、ちょっとカーミラ! 信じてないでしょ!?」
「はい。私のようなエルフ族の魔法使いならそのような事もできるかもしれませんし、獣人族なら角が生えている種族の方もおられるでしょう。
ですが、見たところこの布男は普通の人間。魔術に長けているようでもありませんし、そのような事が出来るとは到底思えません」
「まあ、カーミラの言う事はもっともよね。それじゃあマサル、角を出しなさい」
「――えっ?」
「えっ、じゃないわよ。ほら、さっきみたいにピカーっておでこから出しなさいよ」
「えーっ、えっとぉ……」
俺に向けられたシエラの期待の眼差しと訝しるカーミラの眼差しから逃げるように顔をそらす。
するとそこには瞳を輝かせるポーラの姿。これが漫画ならポーラの頭上には描き文字でワクワクという文字が絶対書かれているに違いない。
「うっ……!」
俺はかかるプレッシャーに顔面を引き攣らせる。
確かに俺は先ほど角を生やしていた。だが、どうやってあの角を出したのかは自分自身でも全くわからない。
(わからないんだからできないんだけど……いっ、言えない。この状況だと言えない……!)
モブキャラみたいに生きてきた俺はこんなに注目される事は今までなかった。それがいきなりこの状態である。
3人のプレッシャーの前で冷静でいられるわけもなく、動悸は早くなり、額に汗がダラダラと浮かぶ。
(ああっ、なんか目がぐるぐるしてきた……! どっ、どどっ、どうする!? どうするんだマサル!?)
「ちょっとマサル何してるの、早くしなさいよ」
シエラがしびれを切らした様子でそう言う。その後ろではカーミラが相変わらず冷たい視線を向けていた。
「わくわく」
ポーラに至っては、もう自分でワクワクと言い出している。
(まずい……もう限界だ。これはもうアレをやるしかない!)
俺は目を閉じてすぅーっと息を吸い込む。そして少しの間を置き、意を決して目を見開いた。
「うおおおおおおっ、ごめんなさいッッ!」
俺は気合いの雄たけびと共に素早く膝を折り畳んでその場に座り込み、両手と頭を地面に擦りつけた。
これぞ俺の世界における最上級の謝罪の気持ちを表す形――土下座!
あまりにも華麗かつ躊躇なく平伏した俺の姿に見入ってしまったのか、3人は誰1人として声をあげない。
(ここは我慢だ。まだ顔をあげてはならない。相手が俺の様子に負けて声をかけてくるまでの真剣勝負―――んっ?)
と、俺はここである事に気が付いた。体がやけに涼しげなのだ。
地面をまっすぐに見つめながら俺の血の気が引いていく。
俺の背後から布が落ちるパサッという音がやけに大きく聞こえてきた。
(そうだ。俺は今まで手で押さえていた布一枚に包まれていたのだ。だが、この土下座スタイルを行うために俺はその手を離してしまった。つまり今の俺は……)
――全裸だ。
「あんたいきなり何脱いでんのよッ!?」
「いやあああああああああ!?」
「――――――!?」
三者三葉の叫びが上がり、慌てて釈明しようと顔をあげた俺の顔面に強い衝撃が走る。
そこで俺の視界は反転した。