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第3話・異世界転移

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――なんだかとても寒い。

 いや、寒いという冷たいし、なんだか耳とか鼻が痛い。

 それに苦しい。苦しすぎる……くるし――!


「ガボッガハッゴボボッ!?」


 あまりの苦しさにバチッと目を覚まし、息を吸い込もうとしたらなぜか大量の水が俺の中に流れ込んできた。


(水ぅッ!? えっ、ちょっ、なっ、なんで!! これどうなってんだ!? 死ぬッ? 俺また死ぬゥッ!?)


 混乱する頭と水責めの中、俺はとにかくなんとかしようとバタバタと体を動かす。

 すると幸運なことに足が地面に触れた。

 俺は地面に両足を叩きつけて踏ん張り、水の中から這い出るために全力で立ち上がった。

「―――ブッハぁッ!!」


 ザバンッ、という豪快な音と共に上体が水の中から地上へとでた。

 耳や鼻が気圧の変化を痛みで俺に訴える。だがこの痛みは生きている証だ。


「ハァハァ……よっ、よがった。だ、助かった」


 腰あたりまでまだ水に浸かっている状態の俺は、ボタボタと水を垂らしながらそう言った。

 海だか池だか湖だかはわからないけど、そんなに深い場所ではなかったのは幸運だった――。

 と、なにやら前の方からの視線を感じて俺は顔を上げた。


「――えっ」


 俺は言葉を失った。

 よく訳が分からないのだが、俺の目の前になぜか女の子――しかも全裸の女の子がいたのだ。

 俺とその子はしばらく無言で見つめ合う。

 若々しく健康的で、水を弾く肌をした少し肉付きがいい体。しっかりと出ている胸元。

 背中まで伸びる濡れた長い金髪は、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 そして、その綺麗な髪に包まれた小さく丸みを帯びた顔には、くりくりとしたまん丸の瞳がついていた。

 そんな彼女の瞳がうるうると涙をたたえはじめ、長いまつ毛がわなわなと震えだす。

 顔は熱い風呂にでも入ったかのように徐々に赤みを帯び、湯気のようなものがみえるような気さえした。


「こっ、この――」


 と、彼女の小さな口が少し開き、絞り出すような声が漏れた。

 彼女は全身を震わせて一歩後ろに下がる。

 俺はようやくハッとなり、慌てて口を開いた。


「あっ、いや、これはあれだ! 事故というか、神様が悪いというかッ! とにかくまったくの偶然で俺に悪気は――!」


 そう言いながら俺は水の中から前に進み出た。


(――ん?)


 と、そこで俺はある違和感に気づいた。

 腰のあたりがやけに開放的でスース―とする。圧迫感を全く感じないのだ。

 腰まで水に浸かっていたし、いきなり色々ありすぎて全然気にしていなかったのだが、俺は恐る恐る視線を下げて自分の身なりを確認した。


「俺も全裸じゃねーかッ!」


 股下でぶらぶらと優雅に揺れる我が息子を見ながら盛大なひとりツッコミ。

 全裸の女子に全裸の男子。マズいどころか完全にアウトだ。

 

「ひッ!?」


 案の定、目の前の女の子は小さな悲鳴を上げて後ろへと逃げるように去っていく。

 そしてなぜそこにそんなものがあったのかわからない剣――RPGによく出てくるロングソードを手にしてその切っ先を俺に向けてきた。


「この変態ッ! 女の敵ぃッ! せっ、成敗!! 成敗してやるんだからぁッ!?」

「いやいや待ってくれッ! 落ち着いて俺の話を聞いてくれって!? 俺は本当に悪気はなくて……そっ、それよりもさ。そろそろ前を隠した方が……」

「―――ッッ! どさくさに紛れてなに見てんのよぉッ!!」


 ロングソードを構えていた全裸の彼女はそう叫びながら、問答無用で俺に斬りかかる。 そして彼女の剣戟は素早く正確に俺の脳天を狙って振り下ろされた。


「うわぁっ!?」


 ――また死ぬのか!

 そう思ったその時だった。


「くっ!?」


 突如として額に痛みが走り、熱を帯びた。

 そしてその熱は尋常ではないスピードで全身を駆け巡る。心臓が経験したこともない速度で早鐘を打ち、瞳孔が大きく開いていく。


「ぐぅッ、頭が割れ……うわあああぁぁァァーーーッ!」


 ガキンッ―――!

 金属が何かに弾かれた音が響いた。


「きゃあッ!?」


 俺を斬りつけようとしていた女の子が態勢を崩して、バシャンっと水の中に盛大に尻もちをついた。

 何が起こったのかわからない。

 体の熱さは治まったが、額のあたりはまだズキズキと痛む。

 頭を斬られたのか? いや、そうじゃない。血は出てないし、じゃあ、なんだ―――なんであの子は――?

 俺の頭は混乱した。そしてそれは目の前にいる斬りかかった女の子も同じようで、驚いた顔をしている。

 そんな彼女がぱくぱくと口を動かして俺を指さす。


「嘘――その額から生えた角……あんたまさか!?」

「つ、角だぁッ!? 何変な事言ってんだよ!」

「あたしは変な事なんか言ってない! 自分の姿を見てみなさいよ!」


 俺はごくりと唾をのみ、自分の額に手を伸ばす。確かにそこからは何かが生えていた。それは根本は太く、先へ行くほど尖っている。


「じょ、冗談だろ――」


 俺は乾いた笑い声を洩らしながら、恐る恐る顔を下に向けた。

 水面に映る自分の姿。

 その額からは確かに白く光り輝く一本の角が生えていた。

 


「な、なんじゃこりゃぁーッ!?」

「――この世界が大いなる暗黒に覆われし時、神に遣わされた聖なる印を持つ者現れ出る。

 その者、光り輝く角を持つ異界の者なり。

 その者、純潔なる力を用いて幾千幾万の分身を生む。

 その者、大いなる暗黒を討ち払う勇者なり」

「えっと、あの……なにそれ?」

「あたしのお母様がよく読み聞かせてくれたおとぎ話の本のはじまりの句よ。元はメシアス教に伝わる光の書の中にある神灯記の1節らしいけど……」



 女の子はゆっくりと立ち上がる。そしてキラキラと目を輝かせて言った。


「フっ、フフフッ! あたしにも運が巡ってきたわ――勇者、見つけたり!」


 彼女は興奮して自分があられもない姿をしている事をすっかり忘れているようだ。

 俺は視線をそらし、揺れるたわわなるモノをなるべく見ない努力をしながら口を開く。


「あのっ、お喜びのところ申し訳ないんだけど――君、その、色々見えちゃってますよ」

「――ッ!? あっ、あっち向けバカぁッ!!」


 俺の言葉に顔を真っ赤にした女の子は自分の状態にようやく気付き、ロングソードを拾い上げてぶん投げる。

 その剣が俺のすぐ近くに突き刺さった。それを見て俺の血の気がさぁーっと引いていく。


(あ、あぶねぇ……俺は一体どうなるんだ)


******


 俺が出会ったあの女の子はシエラという名前を名乗り、この場所で少し待っているように告げてどこかに行ってしまった。

 他に行くあてもない全裸の俺は、取りあえず水の中から上がってその辺で体育座りをして待つ事にした。

 俺は自分の額を触ってみる。先程まで生えていた謎の角はいつの間にか消えていた。  あの角が生えた原因も消えた原因も謎だ。


(20歳まで童貞だと魔法が使えるようになるというのは本当だったのか)


 俺はそんなしょうもない事を思いながら、小さなため息をついた。

 辺りを見回してみるとどうもここは森の中のようで、この場所は湖と言ったところだろう。

 いきなりのシエラとの遭遇で落ち着いて考える事が出来なかったが、ここはどこなんだろうか。

 一見すると変哲も無いどこかの森の中なんだろうと思うのだが、俺はここに来るまでの記憶をしっかり覚えている。


(謎の白い世界で神様を名乗る美女と会い、俺は元の世界では死んでいて異世界の勇者に選ばれたと言われ、気づいたらここにいた……)


 俺は自分に起こった事をひとつずつ思い出しながら、湖の真ん中に静かに佇む石像に目を向けた。

 その顔には見覚えが合った。あれは俺が白い世界で出会った神様の顔にそっくりだ。


(やっぱり俺は違う世界に来たのだろうか)


 シエラが着替えた服装もどうも俺の知っているような感じではなかった。

 そもそもロングソードを持ち歩くような女の子など見たことがない。

 と、シエラの事に考えが向くと全裸の彼女の姿が思い出された。


(……)


 俺は煩悩に支配され、悶々と不純な想像を繰り返す。


「ちょっとあんた何変な顔してんのよ?」

「お、おっぱい!?」

「はぁ?」

「いや、ご、ごめん!」

「ほら」


 バサっと何かが頭から覆い被さり、俺の視界を奪った。

 シエラの声が上から聞こえた。


「近くにある小屋を見てきたけど、そんなものしかなかったわ。まあ何もないよりマシでしょ、とりあえずそれで体を隠してなさい。さすがにそんな格好じゃ街まで連れて行けないから」

「あ、ありがとう」


 俺はシエラが雑に放り投げた大きめの布で体を包むように隠した。

 これで少し文明人に近づけたな。


「じゃあ行くわよ」


 シエラはそう言って踵を返し、スタスタと歩き始めた。

 俺は慌てて立ち上がり、彼女の後を追う。


「ちょっとどこに行くんだ?」

「近くの街よ。そこに私が所属する冒険者ギルドがあるからそこまで行くわ」

「冒険者ギルド? この世界にはそんなものがあるのか」

「何言ってんの? 前からあったじゃない。まあ魔王の大侵攻の後に急に魔物なんかが出るようになって、王国軍がカバー出来ない魔物討伐とかで最近はとくに忙しいけどね。どんな田舎から出て来た人でもそんなことくらい知ってそうなものなんだけど」

「いや、俺は田舎というか違う世界から来たからな」

「違う世界……あんなところに全裸でいたんだから、普通じゃない奴なのはわかっていたけど、あんたってやっぱりヤバいわね」

「言い返せないところだが、それを言ったら君だって裸だったじゃないか」


 俺の言葉にシエラは足を止め、耳まで真っ赤にした顔でこちらを振り返る。


「ばっ! あれは依頼の途中でちょっと汗をかいちゃったから水浴びしてただけで……と、ととっ、とにかくあれは忘れなさいッ! いいわね!?」

「わ、わかったわかった。でもさ、なんで君は素性もよくわからない見ず知らずの俺にこんなに良くしてくれるのさ」

「それはもちろんあたしにも利があるからに決まってるでしょ。じゃなきゃあんたみたいな変態斬り捨ててるわよ」

「ずいぶんと物騒な事を――まあそれはいいけど、俺をギルドまで連れて行くと何かあるってことか?」

「まあそういうことね。それは道すがら説明してあげる」

「よろしく頼むよ。それとさ、この世界の事はわからない事ばかりだから他にも色々教えてくれると助かるんだけど」

「あんたって本当に変な奴ね。まあでも、伝説の勇者候補としては十分合格ね」

「俺が勇者ねぇ……」


 俺はそうつぶやく。

 勇者としての実感はまったくないが、シエラの話を聞いた感じだとやはりここは俺の知っている世界と違う世界なんだろう。


(つまりあの神様の言った通り、ここは異世界アイテールって事か)


 優柔不断でなるようになれ精神のまま生きてきたが、ついに異世界にまで流れされてきたか。

 どうなることやらもう俺にもわからないが、とりあえず腹を括ってやっていくしかなさそうだ。


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