第8話
道行く人に教えてもらいながら、俺は何とか依頼主がいるポーションの売店に到着した。
……ここまで、かなり時間がかかってしまったな。
……目印くらいは聞いてから出発するべきだったな。
ここが依頼主がいる店……だよな?
入り口には閉まっているのを示すような看板が置かれている。
……これでは中には入れないだろう。
そもそも、納品は表からではなく裏からするのだろうか?
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「……なに?」
エルフの女性が姿を見せた。美しい金色の髪は、肩のあたりで切りそろえられている。髪は外側へと跳ねていて、中々整えられている。
……男性嫌いと言っていただけあり、俺を見る両目は鋭い。
それにしても綺麗な人だ。エルフは美男美女が揃っていると聞いたことはあるが、その中でもずば抜けているのではないだろうか?
幼馴染たちも可愛く成長していたが、皆俺を馬鹿にしたように見てくるからな。……それらがない分、エルフの女性は綺麗に見えた。
俺は依頼書を取り出し、彼女に渡した。
「ギルドの依頼で納品に来たんだ」
「やっぱりそうなのね。……裏口から納品するって聞いてなかったの?」
「……ああ、悪い。色々と聞くのを忘れてしまって」
「とりあえず、裏側に回ってくれない?」
「わかった」
彼女は扉を閉め、俺は荷物を裏側へと回した。
改めてそこで彼女が店から出てくる。
「……て、ていうか。一度にまとめて持ってきたのね」
「ああ、そうだな」
驚いたようにこちらを見てきた彼女はそれから手をこちらに差し出してきた。
「……なんだ?」
「依頼書よ。こっちがサインするから」
「……なるほど」
「なるほどって……依頼受けるのは初めてなの?」
「まあ、な」
俺は依頼書を彼女に渡す。彼女は俺になるべく近づかないようにしながら、依頼書をとった。
それから、サインをした彼女は依頼書をこちらに渡してきた。
「ん。これで完了よ」
「……そうか。この荷物はここにおいておけばいいのか?」
「…………中まで運んでもらってもいい?」
彼女は考えるようなそぶりの後、そういった。
俺はケースに入っていた薬草を持ち上げる。
……さすがに結構な重量だな。
「い、一度にじゃなくてもいいって!」
「……いや、別にたいした重量じゃないし」
「扉入らないのよ!」
「……」
俺は大きいケースを開き、そこから小さなケースに入っていた薬草の箱を取り出す。
そして、彼女の家へと運び入れる。
「こっちよ、ついてきて」
「ああ」
彼女についていくまま、俺は薬草を運んでいく。
「依頼をはじめてって言っていたけど、冒険者登録でもしにきたの?」
「……そんなところだな。ついでにいえば、試練の迷宮の攻略にも来たんだ」
「試練の迷宮……ってことは、さらに上の街に行きたいってこと?」
「……そうだな。俺の目標はレベル100だからな」
「れ、レベル100!?」
「ああ……」
やはり、無謀なことだと思われただろうか? それでも、俺には救わなければならない友がいるからな。
驚いたような声をあげ、エルフはそれからすぐにくすっと笑った。
「……無理でしょ、さすがに」
「難しいかもしれない。けど、俺はどうしてもレベル100に到達したいんだ」
「……なんでよ?」
エルフの女性は薬草を整理する手を止め、こちらを向いた。
……彼女をちらと見てから、俺は言うかどうか迷ったが……伝えることにした。
「俺のジョブはテイマーなんだ」
「……テイマー、それってあんまり強くない職業よね?」
「ああ。それで小さいころに魔物を一体テイムした。……その魔物が強くてな……俺はそいつに頼りきりだった。そして――死んでしまった」
「……」
エルフはじっと俺の目を見てくる。
吸い込まれそうなほどに綺麗な彼女の瞳から、俺はそっと視線をそらした。
「テイマーがレベル100になれば、契約した魔物を復活させられるのは知っているか?」
「……そうね。確か、歴史上でレベル100になったことがあるテイマーの人がいたんだっけ?」
「そうだな……だから、俺はレベル100を目指しているんだ。悪いな、初対面でいきなりこんな話をして」
俺は胸元にあったネックレスを彼女に見せる。
それで、すべてを察してくれたようだ。
エルフはちらとそちらを見て、唇を噛んだ。
「凄いわね、あなた」
「……なにがだ?」
……俺を褒めて、何か油断を誘おうとしているのか?
俺が警戒していると、エルフはふっと口元を緩めた。
「私は薬師なの。……大事な人を助けたくて、薬師のレベルをあげていたわ。けど……今はちょっと休憩中なの」
「どうしてだ?」
「私じゃ、どうやってもレベル100には到達できそうにないの。……戦闘能力が足りないのよ」
「……」
まるで昔のことのように語る彼女に、俺は一つの疑問を抱いた。
……何歳なんだ?
「だから、あなたは凄いわね。レベル100を目指すなんて、はっきりと言えて」
「言っているだけだ。……まだ、今の俺はレベル1だ。……これから、仲間を集めて、レベルをあげていかないといけないんだ」
「……そうね。大変だと思うけど、頑張ってね」
「……ああ」
エルフはちらとこちらを見てから、微笑んだ。
「私はリーシャ。あなたの名前は?」
「俺はジョンだ」
「そうなのね。ジョン、よろしく。また納品の依頼を頼んでもいいかしら?」
「……ああ、別にかまわない」
「そう、分かったわ。それじゃあ、頑張ってね。あなたの夢を応援しているわ」
微笑んだ彼女に、俺は問いかける。
……もったいないと思ったからだ。
「もう、リーシャはレベル100を目指さないのか?」
「……え?」
「その、大事な人を助けたいと言っていただろ? ……もう、いいのか?」
「……けど、私には才能がないのよ」
「俺だって才能には恵まれていない。……さっき言っただろう? 俺はレベル100を目指したい。……けど、そこまで一緒に目指してくれる仲間というのは簡単には見つけられない。もしも、本気で目指したいのなら……一緒にパーティーを組まないか?」
俺がそう問いかけると、リーシャは驚いたようにこちらを見た。
それから、視線をそっぽに向けた。
「ちょ、ちょっと待って……考える時間をくれない?」
「……ああ、わかった。そういえば、依頼書には……リーシャからも何か納品の依頼を受けるかもしれないとあったが……それはなんだ?」
「ああ、たぶん、これね。ポーションの納品よ。私は、ギルドが買い取った薬草でポーションを作る契約になっているの。……えーと、ギルドへの納品と、孤児院に運ぶものね。孤児院に先に行ってきてもらえるかしら?」
「孤児院、か……場所はどこになるんだ?」
「地図は持っているのね?」
「あ、ああ……あまり読むのは得意じゃないが」
「……まあ、目印はつけておくわ。わからなかったら道行く人に聞いてみるといいわね」
「……了解だ」
俺は作られていたポーションを荷車へと乗せ、それから孤児院を目指して歩き出した。