第6話
それにしてもこれから試験、か。
一体どんなことをするのだろうか?
案内された中庭でしばらく待つと、一人の男がやってきた。
「おまえが、試験を受けに来た冒険者か?」
「ああ」
彼は手に紙を持っていた。それと俺を見比べていた。
「……おまえ、本当にこのスキルと職業で冒険者になるつもりか?」
「ああ」
「……まあ、スキルレベルは高いが、それでも戦闘では向かないスキルだしな……ステータスはレベル1で見れば優秀なほうだが……それでも、このスキルとジョブでは上を目指すのは難しいぞ?」
「それでも……俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。試験を受けさせてくれ」
試験官は嘆息をついてから、ちらとこちらを見てきた。
彼は剣と盾を持っていた。
「それじゃあ、試験を開始しようと思う。オレがおまえの実力をはかる。全力でかかってこい」
「……わかった」
「怪我は気にするな。すぐに治療できるものがいるからな」
「了解だ」
俺が拳を固めたところで、試験官が驚いたようにこちらを見てきた。
「……いや、拳でたたかうのか? 武器は?」
「正拳突きが使えなくなるからな。拳で戦うんだ」
「……いや、正拳突きのスキルは以前見たことあるが……あれは、たいしたスキルじゃないだろ? ちょっと威力の高いパンチくらいで、そんなものに頼るのなら剣でももったほうがいいと思うが」
さてはこいつ……俺を騙そうとしているな?
正拳突きを使うよりも剣を使わせたほうがいいと、俺を貶めようとしているのだ。
……やはり世界というのは恐ろしいな。
「大丈夫だ……それより、始めても良いのか?」
「あ、ああ……もうどこからでもかかってきてくれ」
試験官が呆れた様子でそう言ってきた。
すると、そのタイミングで周囲にいた冒険者たちがこちらを見てきた。
「……おいおい、聞いたかよ?」
「ああ、聞いたぜ。あの冒険者、正拳突きがスキルなんだってよ……っ!」
「やべぇな! 笑っちまうな! 俺の知り合いにも正拳突きがスキルだった奴がいるが、冒険者なんて無理で家業を継いだって話だぜ?」
「だよな! 正拳突きだけで冒険者になるとか無謀すぎんだろっ!」
……やはり、正拳突きは弱いスキルなんだな。
それでも、俺は鍛え続けたおかげで、何とか戦えるほどのスキルにはなっていた。
ゲイルさんは、オリハルコンが破壊できるくらいでようやく、レベル10を目指せるようになる、と言っていたな。
……まだまだ俺は入口に立ったばかりなんだよな。
気を引き締めなおさないとな……っ!
軽く息を吐いてから、俺は地面を蹴った。
まずは小手調べ。スキルを当てるための攻撃を繰りだすつもりで、大地を蹴る。
正拳突きの要領で拳を振りぬいたとき、試験官の驚いたような視線とぶつかった。
彼が慌てた様子で出した盾。……ただの鉄製の盾だ。その盾を突き破り、拳を振りぬく。
試験官の腹にめり込み、その体を吹き飛ばした。
うん、とりあえずヒットしたな。
「は?」
「……え?」
「ま、まずい! すぐに治療しろ!」
驚いたような声が周囲から漏れている。
……俺は試験官が起きあがってくるのを待っていたが、周囲の人々は慌てた様子で走り出していた。
……どういうことだ? ゲイルさんは俺の拳をくらっても、すぐに立ち上がっていた。
「い、今の見えたか?」
「……い、いや見えなかった……」
「ありえないだろ……? な、なんだよさっきの動きは!」
「ていうか鉄の盾を拳が貫かなかったか!?」
……当たり前だろう。拳で貫けなければ俺はダメージを与えられないのだ。
移動に関してもそうだ。
というか、俺の村の人たちはだいたい老人でもあのくらいの速度は出せるぞ?
……驚いたふり、か。
恐らく全員が俺を騙すため、あるいは冒険者になってから仕事を奪うための演技なんだろうな。
……すでにこのときから冒険者としての戦いは始まっているのか。
やがて、治療が終わった試験官が肩を貸してもらいながらこちらへとやってきた。
「……お、おまえさっきのは、なんだ?」
「……なんだとはなんだ?」
「あの攻撃だ! あんなおかしな攻撃はなかったぞ!」
「……すまない。拳の振り方が悪かったか? 確かに、さっきの一撃は様子見だったからな……」
「よ、様子見だと!? あれほどの威力で!?」
「加減しすぎてしまったか……?」
様子見でも本気でやれということだろうか?
……しまった。試験を落とされてしまうか!?
「馬鹿! 威力が強すぎだ!! あれで何のスキルも使っていないのか!?」
「……ああ」
威力が強すぎる? ……所詮レベル1での話だろう?
俺の目標はレベル100なのだ。今の攻撃力では足りないだろう。
ゲイルさんは言っていた。一流の冒険者のステータスは10000を超えるのだと。
頬を引きつらせていた試験官が俺のほうにやってきた。
「……冒険者試験、合格だ。……それにかなりの高ランクでスタートとなるだろう」
「高ランク?」
「ああ。冒険者のランクは知らないのか?」
「……一応聞いたことはあるが、教えてくれないか?」
「ランクはFからSまであるんだ。……まあ、これは冒険者としての依頼の達成率に関わるから、ランクだけで強さを判断できるわけではないが……まあ、冒険者の依頼なんてだいたいは力仕事だからな」
それは分かる。
……だからこそ、俺は恐れていた。
「……ちなみに、俺のランクは?」
「……Bか、Aランクくらいからでも良いと思う」
試験官の言葉に周囲は驚いた表情をしていた。
……こ、これは!
ゲイルさんが言っていた通りだ!
『冒険者ギルドで試験を受けた場合、高確率で高ランクからスタートさせようとしてくる。だが、それはおまえが依頼で命を落とすことを狙っている可能性がある、気をつけろ』と。
……ありがとう師匠。やはり、世界は危険であふれている。
馬鹿が騙されるようになっているんだな……気を付けないと。
「いや……俺はFランクからで始めたい」
「は!? い、いいのか!?」
「あ、ああ……」
試験官は驚いたあと、なんとも言えない表情でこちらを見てきた。
周囲の冒険者も同じように驚いている。……どこかがっかりしているようにみえた。
……やはりそうだ。
冒険者たちは、新しい人が増えるのを好んでいない。自分の仕事が奪われるからな。
だからこそ、冒険者が増えないよう、あるいは増えてもすぐに命を落とすように無茶なランクを押し付けたがるのだ。
……ゲイルさんの教えに従ってよかった。