第28話
俺は今日の報告をするため、ギルドへと戻っていた。
……いつもよりも時間が遅くなってしまったな。
元々は、もう少し早く戻る予定だった。
いつもの受付が心配するかもしれない。
どう説明するかな……。ブロンが禁止薬物の入ったポーションを使ってしまったことはできれば言いたくないからな。
……まあ、いつものように迷子になったとでもいっておけばいいだろう。
俺がギルドに入り受付に向かうと、ギルド職員はほっとしたような表情を見せた。
「……もう、何かあったのかと思って心配していたんですよ。……なんだか最近物騒ですし。街中で魔物を見たという話もあったんですから」
「そうなんだな」
街中で魔物、か。俺もスケルトンと戦った。もしかしたら、似たような事件があったのかもしれない。
まだスケルトン程度の魔物で良かったくらいだよな。
もっと危険な魔物なら、今以上の被害が出ていただろう。
「それに、禁止薬物関連の話もあがっているんです」
「……なに?」
確か、リーシャは内緒にしておいてくれと言っていた。
……情報が新しく発表されたのだろうか?
「……なんでもここ数日、禁止薬物を使ったような症状を訴える冒険者が多くいるそうなんです。今日正式に騎士団からも発表があったんですよ」
「……そうか」
もう少し早ければ、その被害者になる前にロバートとブロンにも忠告できたかもしれない。
騎士団も色々とあるのかもしれないが、危険な情報は早めに発表してほしいものだ。
「なんでも、色々なことをいってポーションを配っているそうです。怪しい人物からもらったポーションは、絶対に口をしてはいけませんよ。すぐに、騎士団に伝えてくださいね」
「分かっている。俺もその話をリーシャとしていたんだ。それなりに事情は理解している」
「リーシャさんと、ですか……そういえば、リーシャさんとはやけに仲良いですよね。もしかして、何かあるんですか?」
……探るような視線に、俺は苦笑する。
「別に仲が良いというほどではない。ただ、色々と助けてもらってはいるが」
今回の禁止薬物にしてもそうだ。
彼女がいなければ、ブロンを助けることは難しかっただろう。
「レーン……すこし聞きたいんだが、今日ロバート、ブロンという十歳くらいの冒険者がギルドに来なかったか?」
俺が問いかけると、彼女はあっと思いだしたような声をあげる。
「……あー、あの子たちですね。孤児院の子で、家のためにお金を稼ぐっていって冒険者登録しましたね。私が対応したのでよく覚えていますよ」
そうだったんだな。
「……そうか。彼らは強くなりたいそうなんだ。できれば俺も応援したいのだが、俺はあいにく戦闘に関しての知識がないからな。彼らのスキルを効率よく強化できる手段があれば教えてほしいと思ったんだ」
ロバートとブロン。二人とも孤児院のためにどうにかしたいと言っていた。
それに、将来のことを考えれば二人が冒険者として自立できるようになるかもしれない。
俺にできることがあれば、どうにかしてあげたかった。
「そうですね……わかりました。彼らのスキルを持っている冒険者に、どうやって鍛えたのかなどを聞いてみますね」
「……ありがとう、助かる」
「いえ、気にしないでください」
と、そのときだった。ギルド入口のほうがざわついた。
視線を向けると、そちらにはリーシャがいた。
リーシャはちらとこちらを見てから、近づいてきた。
「ジョン、やっぱりここにいたのね」
「……ああ、どうしたんだ?」
俺たち話し始めると、周囲の冒険者たちが驚いた。
「……なんだよあの冒険者」
「なんでリーシャさんとあんなに仲良いんだよ」
……リーシャが男性と仲良く話しているのがよっぽど衝撃的だったらしい。
リーシャはちらと受付を見てから、ポーションを渡した。
「騎士団に報告に行ったら、ギルドにも報告してほしいという話だったの。これをギルド長に渡してちょうだい。それと、この手紙もね」
すっとリーシャは手紙とともにポーションを渡した。
受付はそのポーションを手に取り、目を細めた。
「あっ、そのポーション禁止薬物入っているから気を付けてね」
「や、やっぱりそうなんですね……っ」
受付は手紙とポーションを袋にしまい、それから別の職員に渡した。
「そのポーションに使われているのは、ダップル草で間違いないわ」
「……ダップル草といえば、確かそれなりに体の能力を高めるということで一時期注目を集めていましたよね?」
「そうね。ただ、副作用が強いから使用は禁止されたはずだったわ。……ダップル草の扱いは難しいから、関係者にエルフ、あるいは高レベルの薬師が関わっていると思うわ」
「……な、なるほど」
「冒険者ギルドで、そういった人がいないか調べておいてほしいという話がその手紙には書いてあるから、ギルド長によろしくね」
「わかりました!」
受付がびしっと敬礼をする。
リーシャは苦笑してから、こちらをちらと見た。
「私の話は以上だわ。それじゃあ、ジョン帰りましょうか」
笑顔を浮かべ、リーシャが言った。
俺もその報酬を受け取り、その背中を追いかけようとしたときだった。
「ちょ、ちょっと待ってください」
受付が声をあげた。
受付の両目はキラキラと輝いている。
どうしたのだろう。
「何かしら? まだ聞きたい事があるの?」
「先ほどの『ジョン、帰りましょうか』という言葉、です。なんだか、まるで一緒に帰るかのような言い方、ではありませんでしたか?」
受付の声が上ずっていた。対照的に、男性冒険者たちは信じられないものでも見るように俺とリーシャを見た。
……なるほど。確かにさきほどのリーシャの呼びかけはまさにそのような言い方だったな。
リーシャは顔を真っ赤にしていた。それから、彼女は腕を組み、鼻をならした。
「そ、それは当然でしょう。ギルドを出て、途中までは、一緒に帰るのよ。それだけよ」
「本当にそうなんですか?」
「ええ。ほら、行くわよジョン」
リーシャはもう一度同じ調子で行って、歩きだした。
俺は受付に頭を下げ、リーシャの後を追いかける。
……しかし、どこかギルド内にいた人たちからは不審がるような視線をぶつけられる。
まだ、疑われているようだった。そんなに気にするようなことではないと思うのだが……。
俺は心底不思議だった。