第26話
リーシャの家へと向かう。扉をノックすると、驚いたような様子で出てきた。
「ジョン、どうしたの?」
「……リーシャ、すまない。麻薬入りポーションの患者がいるんだ」
リーシャはちらと俺が抱えているブロンを見た。
今は気を失って、落ち着いている。
ただ、目を覚ませばまた何をするか分からない。
「え、ええ……まあ。……その子がまさか?」
「ああ。この子は俺が仕事をしている孤児院の子どもでな。もらったポーションを飲んでから、幻覚症状がある」
「やっぱり、誰かが裏で配っているのね……」
察しの良いリーシャに頷いて、部屋の中へと入れてもらう。
それから俺は、ロバートからもらったポーションを彼女に渡した。
瓶の蓋を開けたリーシャが、臭いをかいだ。彼女の耳先がぴくりと揺れ、それから厳しい視線を向けた。
「……これ、普通のポーションじゃないわね」
一瞬でリーシャは気づいた。
さすがエルフだな。
「おそらくは禁止薬物だな」
「でしょう、ね。……どこで手に入ったかはわかる?」
「それは……またあとで、子どもたちに聞いてみる。……まずこの子を治せるかどうか確認したい」
「ちょっとまってね」
リーシャはポーションから液体を一振り、手のひらに出した。
リーシャはそれを口元に運ぶ。
エルフが薬師として有名なのは、何よりその体質だ。
毒はもちろん、国が禁止するような危険なものに完全な耐性を持っていて、自分の体で確かめられる。
「……微量に入っているだけね。このくらいなら問題ないわ。使用したのは一回だけ、よね?」
「恐らくは」
「なら、すぐに治すわね」
リーシャがそういって、すぐにポーションの準備をはじめてくれた。
俺はほっと一息をつきながら、その様子を見守った。
○
リーシャが作ってくれたポーションをブロンに飲ませると、表情がいくらか和らいだ。
急な仕事にも関わらず、文句一つつけずに引き受けてくれたリーシャに、改めてお礼を伝える。
「ありがとな、リーシャ。助かった」
「気にしなくていいわよ、このくらい」
にっと笑って席に座ったリーシャに、俺はこれまで聞かずにいたことを訊ねた。
「……それで、治療にはいくらかかるんだ?」
禁止薬物の治療に使われる薬草は、高価なものが多い。
……結構な値段になるだろう。
俺が払えるような金額だろうか?
「いいわよ、別に。気にしないで」
「……そういうわけにはいかない。タダで仕事をさせたくない」
「……もう、真面目ね」
仕事をする以上、対価を支払うのは当然だ。
そうやって俺も生活している。もちろん、多少の融通を利かせることはあるが、今回のは結構な金額が動くことになる。
「おおよそ十万ペリアになるわ」
……じゅ、十万、か。
俺が日々貯金しているが、それでもまだ二万ペリアほどしかない。
「……し、支払いは少し待ってくれないか? 必ず払う」
俺が言うと、リーシャは少し厳しい目を向けてきた。
「それこそ、孤児院に要求すべきことじゃないの?」
……それも、そうではあるが。
ロバートは孤児院の子だ。俺がそこまで面倒を見る義理はない。
……俺のミス、というわけでもないんだからな。
「……わかっている。だが、孤児院に支払うような余裕はないんだ」
「ええ、わかっているわ。けど、さっきのジョンの言い方を利用するなら、私は無関係のあなたに支払ってもらいたくないのよ。もちろん、あなたが勝手にやったっていうのもなしよ。それなら、この子も勝手に禁止薬物入りポーションを飲んだってことになるのだからね」
「……」
確かに、そう言われたらそうだ。
意地悪な言い回しだ。
俺が返答に困っていると、リーシャは口元へと手をあてる。
「だから、気にしないでちょうだい。別にお金には困っていないし、そもそも孤児院には私の仕事を手伝ってもらっているの。これでも、私のほうが色々と恩はあるのよ?」
「……」
それは確かにそうだな。
リーシャは軽く息を吐いてから、こちらを見てきた。
「だから、むしろ私のほうがありがとうって話。もしも、この子をジョンが連れてこなかったら、修道院の人たちも仕事に集中できないでしょ? そうしたら、私自分でポーションを売る必要が出てくるのよ?」
「……そう、だな」
「ポーションを私が売ったら、どんな被害がでるでしょうか」
まるで問題でも出すような調子でリーシャがそういった。
……そうだな。
「冒険者に、絡まれる……かもな」
「ええ、そうよ。それで、人によっては結構過激な行為をするかもしれないの。そうなったら、私自身にも大きな被害が出るから……まあ、つまりよ。そうやって色々なことを考えると、ここで彼を助けてくれたジョンにはむしろ私がお礼をしたいくらいなの。だから、別にお金はいいわ」
「……なるほどな」
リーシャにうまく納得させられてしまった。
……彼女がここまで言うのなら、今はいいか。
「分かった。ありがとな」
「ええ、私こそ、ありがとね」
お互いに感謝してから、俺たちはブロンを見た。
「……それにしても、こんなものを裏で子どもに配る人がいるなんてね。信じられないわ」
「犯人は一体何を考えているんだろうな……?」
「……本当にそうなのよね。禁止薬物でこの街を滅茶苦茶にしたい……とかなのかしら?」
「……だったら、確かに納得はいくが」
それにしたって、一体どのような恨みがあってこんなことをするのだろうか?
善良な子どもをだまし、禁止薬物の入ったポーションを飲ませる。
犯人は最低な奴だ。
俺が拳を握りしめていると、リーシャがちらとこちらを見てきた。
「ジョンも、気を付けてね? なんだか街で良くないことが起きている気がするわ」
「……確かにそうだな。リーシャも気を付けてくれ」
「ええ、もちろんよ」
リーシャはそういいながら、じっとポーションを見ていた。
「……どうしたんだ?」
「……昔、この禁止薬物が……まだ禁止薬物と呼ばれていなかったときに研究していたことがあったのよ。私もその研究に参加していたんだけど……」
「その研究で禁止薬物、と認定されたのか?」
「ええ。たくさん使いすぎると人間の脳に異常が発生するからって。……当時の研究者にこの薬に凄い執着していたエルフがいたの」
「……そう、なのか?」
「……ええ。だから、ちょっと気になってね」
「……そのエルフが、この街にいて、この禁止薬物を造っている……とかか?」
「目撃情報はないわ。だから……多分違うとは思うけど」
それでも、リーシャの表情は冴えなかった。
他にも何か、考えているようだった。
「……まだ、何かあるのか?」
「……その。えーと……そのエルフね。私にも凄く執着していてね……ちょうどその研究の途中に私の妹が病気にかかっちゃって、私が冒険者になるって話したとき……その、無理やり色々されそうになったのよ。まあ、私のほうが強かったから急所を蹴りあげて逃げたんだけど」
……急所のくだりは話してほしくなかった。痛くなってきた……。
「そう、か。……まあ、何かあれば助ける」
「……う、うんありがとね」
俺にどうにかできる範囲、であればいいんだがな。
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パーティーを追放された雑用係の少年を拾ったら実は滅茶苦茶有能だった件 ~虐げられていた少年は無自覚のまま最強の探知魔法を使いこなし、最高のサポーターとして成り上がる~
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