第25話
リーシャの家への納品を終えた俺は、それから孤児院に向けてポーションを運んでいく。
リーシャのポーションは、孤児院が代わりに販売していて、そのいくらかを孤児院がもらい、リーシャもそのいくらかをもらうということになっている。
その孤児院につき、周囲を見る。
庭では子どもたちが剣の訓練をしている。
孤児院では、冒険者になれるように指導するというのが基本だ。今ちょうど、修道服に身を包んだ女性が、剣を持って子どもに指導していた。
その子どもたちがこちらに気づくと、修道服の女性を見た。女性は小さく息を吐いてから、悪戯っぽく微笑んで、剣を鞘にしまった。
「ジョン! 遊んでー!」
その途端、嬉しそうに子どもたちがこちらへとやってきた。
……孤児院では女性ばかりしかいないためか、俺のような男性が珍しいそうだ。
だから、こうしてよく絡まれるのだ。
俺はやってきた子どもを高く持ち上げるように力をこめると、子どもたちは楽しそうに笑う。
次は俺! 次はボク! とばかりに子どもたちがせがんでくるので、順番に子どもを高く持ち上げる。
「ごめんね、ジョン」
「いや、大丈夫だ。ポーションはその荷車にあるから」
「ええ、分かったわ」
修道女が荷車のほうを見て、ポーションを運んでいく。
子どもと遊んでいた俺は……普段もっとも元気に絡んでくる男の子二人がいないことに気づいた。
「ロバートとブロンはどうしたんだ?」
俺が問いかけると、修道女がこちらを見た。
「……それが、朝から行方が分からないのよ。一体どこで何をしているのか」
「……探しにはいっているのか?」
「一応ね。ただ、こっちも手が余っているわけじゃないから」
「……そうか。心配だな。俺も後で探してみる」
「ありがとね」
……まったく。
せめて、誰かには行き先を伝えないと。
ロバートとブロン……見つけたら注意しないとな。
○
ポーションの納品すべてを終えた俺はロバートとブロンを探すために街を歩いていた。
孤児院は猫たちのたまり場でもある。
だから、猫たちならばもしかしたらロバートとブロンを知っているかもしれない。
孤児院でよく見かける野良猫を発見した俺は、そちらに近づき、声をかけてみた。
「ロバートとブロンがどこに行ったかわからないか?」
「……」
猫たちは首をかしげたあと、鳴き声をあげた。
その声に反応するかのように、一匹の猫がこちらへとやってきた。俺の足にすりすりと体を摺り寄せてきたので、頭を撫でる。
と、猫はにゃーと一度鳴いてから、歩き出した。
まるでついてこいとでも言わんばかりだった。
俺がその猫について歩いていく。
しばらくして俺は……ロバートを見つけた。
さすがだな……。
野良猫たちの交流もあってか、すぐに見つけることができた。
この調子でカナの飼い猫も見つけてくれればいいのだが。
ロバートがいたのは表通りではなく裏路地だ。
……ガラの悪い人がいることが多いので、ここには近づくなと言われているんだがな。
今も、何やら探るような視線が感じられた。
「ロバート、何をしているんだ」
「じょ、ジョン!」
声をかけると彼はびくっと肩をあげた。
俺が少し厳しく見ると、ロバートはびくりと震えた。
「駄目じゃないか、勝手に抜け出したら」
「……ご、ごめんなさい」
「特にこのあたりは危ないんだ。……それで? 何か大事な用事でもあったのか?」
「ち、違うんだ……そ、そのブロンと一緒に冒険者登録をしに行ってさ」
「冒険者登録? それはまたなぜだ?」
「だ、だって……孤児院はあんまりお金がなくて、いつも大変そうだから……オレもこの前十歳になったから、ブロンが一緒に冒険者やってお金稼ごうって……」
「……そうか」
彼らなりに、孤児院のことを考えての行動だったようだな。
……確かに孤児院では10歳から活動できるようにと、日々鍛錬しているようだったな。
だからってそんなに焦らなくてもいいのにな。
「わかった。でも、シスターたちも心配していたんだ。きちんと謝ろうな」
「う、うんごめんなさい……」
「いや、何もなくてよかった。……それで、ブロンはどこにいるんだ?」
そのときだった。ロバートははっとした様子で俺の服を掴んだ。
「ぶ、ブロンが大変なんだ!」
「……どういうことだ?」
「ぽ、ポーションもらって飲んだらおかしくなっちゃって……っ!」
「ポーション、だと?」
リーシャが話していた禁止薬物入りポーションが頭をよぎる。
……嫌な予感がする。
「う、うん……っ」
ロバートは小瓶に入った液体をこちらに渡してきた。
一見、普通のポーションと同じに見えるが……たぶん、違うんだと思う。
「ロバート、ブロンのところに案内できるか?」
「う、うん……」
ロバートがおびえた様子で歩いていく。
……俺は彼とともに、路地を進む。
「ロバート、このポーションはもらったと話していたがどうしたんだ?」
「……人にもらったんだ。強くなれるポーションだからって言われて……ほら、魔力とか筋肉とかを一時的に強化するポーションなのかなって思ってさ。町の荷物運びの仕事を受けて、これからやろうって思ったときにブロンが飲んだんだけど……それからおかしくなっちゃって……」
「……なるほどな」
確かに、体を一時的に強化するポーションはある。
だが、おかしくなるような副作用はない……はずだ。
連続での使用は体への負担があるので、しないほうがいいというのは聞いたことがあるが。
ロバートの案内のもと、ブロンがいる場所へと来ると、ブロンは不気味な笑顔を浮かべ、地面に横たわっていた。
「へ、へへへ……金だぁ……金がたくさんだぁ……え、へへへ」
ブロンの近くには一匹の野良猫がいて、俺を見て鳴いた。
そちらに感謝しつつ、俺はブロンの肩を揺する。
「……ブロン、大丈夫か?」
「……え? て、てめぇ……人の金にいきなりなにするんだ!」
目を覚ましたブロンは俺へと掴みかかってきた。
彼の両手を掴み、その体を地面に押さえつけた。
「は、離せ! てめぇ! オレの大事な金になにすんだよ!」
「金なんてどこにもないな……幻覚症状か?」
……そういえば、リーシャもいっていたな。
「にゃー」
猫がこくこくと頷いている。それから、びしっとある方角を指差した。
……そちらには似たように不気味な笑みを浮かべて倒れている男性がいた。
……あちらも似たような症状だった。その傍らでは、ポーションが入っていたのだろう瓶が転がっていた。
間違いないな。……このポーションが原因なんだろう。
暴れるブロンの意識を奪うように、拳を叩き込み、気絶させる。
静かになったブロンを担ぎ上げ、心配そうにこちらを見ていたロバートへと視線を向けた。
「ロバート。ブロンは俺がなんとかする。……ロバートはこのまままっすぐ、孤児院に戻ってこう伝えるんだ。ブロンと俺は少し用事があるから外を見ているって」
「わ、わかったよ……ブロン、大丈夫なの?」
「大丈夫だ。……このくらいなら、まだどうにかなる。ロバートはみんなを心配させないように、うまく誤魔化しておいてくれ。大事な仕事だ。出来るな?」
「……うん」
「あーでも、勝手に抜け出したことは怒られるかもしれないから、そこは覚悟しておくんだぞ」
「……わかった」
ロバートの頭を一つ撫でてから、俺は猫を見た。
「猫たち、彼を送っていってくれ」
「……にゃー」
難しい顔つきの猫の頭をなでてから、抱えあげてロバートに渡した。
ロバートが猫をぎゅっと抱きしめてから、小さく頷いた。
さて……あまりこういう個人的な理由でリーシャを頼りたくはないんだがな。
色々お世話になっていて、さらに助けてもらうのは申し訳ないが、リーシャの力を借りるしかないな。