第17話
ギルドに寄っていたら、すっかり帰りが遅くなってしまったな。
リーシャは……まだ昨日の一件もあって不安を感じているかもしれない。
出来る限り、早く戻らないとな。
外はすっかり暗くなっている。
リーシャの家まではもう迷うことはない。
むしろ、近道だってできるほどだ。
そんな気分で裏路地に入った俺は、昼間とは違う景色に少し戸惑いながら歩いていた。
……そのときだった。
激しい音が聞こえた。
同時、痛みをこらえるようなくぐもった声が聞こえてきた。
一体なんだ?
不思議に思った俺はそちらに向かうと。
少女が、倒れていた。
「……う、うぅ」
一体何が起きている? 血を流した少女三人の先――こちらにゆっくりと迫ってくるスケルトンがいた。
なぜ街中に魔物が? 俺が疑問に思っていた時だった。
スケルトンが地面を踏みつけ、こちらへと迫ってきた。
――速いな。
想像していたよりもスケルトンの動きは速かった。
想像と現実との動きの差に、わずかに対応が遅れる。
それでも俺は、スケルトンの一撃を受け切った。
スケルトンは……剣のようなものを持っていた。それを白刃取りすると、スケルトンは迷いなくその剣から手を離し、拳を振りぬいてきた。
それを見切り、かわした。
隙だらけの体へ、俺は拳を振りぬいた。
吹き飛んだスケルトンだったが、すぐに体を起こした。
……ダメージは通っていないのか?
やはり……今までは運が良かっただけだな。
俺が気を引き締め直し、スケルトンと向き合っていると、
「そこに、いるのは……誰ですか!? ……お、ねがいします、助けを――」
……血を頭から流した少女が、咳き込みながら声をあげた。
倒れていた少女だ。彼女のメガネは砕けていて、うまく周りが見えていないようだった。
「時間は、稼ぐ。すぐに仲間を治療するんだ」
少女は杖を持っていたし、ポーションのようなものも見えた。
……なにかしら、皆を治療する手段があるだろう。
少女が頷いたのがわかり、俺はスケルトンに集中する。
拳を構える。
スケルトンはそれほど強くはない魔物だと聞いたことがあるが……どうやら俺の認識違いだったようだな。
隙を見つけて『正拳突き』を叩きこむ必要があるだろう。
俺が動き出すより先に、スケルトンが剣を振りぬいた。
ぎりぎりで攻撃をかわしていく。
――速い。
振り下ろされた剣が眼前を過ぎる。
肌を掠め、服が僅かに切れた。
これが、スケルトンの速度、なのか……っ。
基礎鍛錬を積んでいなければ、俺は死んでいたかもしれない。
攻撃をかわし続け、俺はスキルを発動する。
――『正拳突き』。
「ハァ!!」
咆哮と同時に、右こぶしを振りぬいた。
隙だらけのスケルトンを殴りつけ、吹き飛ばした。
……やったか?
砂煙が舞い上がった先ではスケルトンがむくりと体を起こした。
……まさか、な。
傷一つないとは思わなかった。
スケルトンは目の部分に埋め込まれた魔石を赤く輝かせ、こちらへと突っ込んできた。
先ほどよりも速くなっている。
連続で振りぬかれた剣をすべてかわし、蹴りを放つ。だが、スキルがのっていない攻撃では、やはり通じない。
スケルトンの攻撃をかわしきり、お互いに一定の距離を保つ。
スケルトンは油断なくこちらを見ている。
俺の『正拳突き』を理解したのだろう。一定の距離をとっていれば、スキルが当たることはない。
『正拳突き』は発動してから隙の多いスキルだといわれている。
だが――突き続けた俺は、このスキルの細部までを理解している。『正拳突き』に関してのみは、この世界の誰よりも詳しいという自負がある。
だから俺は、距離が生まれたままスキルを発動した。
スケルトンからすれば不可解な行動に見えただろう。
スキル発動と同時、腰が僅かに落ちる。
……スキルを発動すると、体がスキルの動きを再現するように動いてしまう。
だが――それがすべてではない。
腰を落とすまでが、『正拳突き』が俺の体を拘束しているに過ぎない。
その作業が終われば、次の瞬間には拳の支援へとスキルは変化する。
……つまり、腰を落としてから『正拳突き』を放つまで、一秒にも満たないその一瞬は俺が自由に足を動かせる時間だ。
だからその一瞬で――敵との距離を潰すことだってできる!
「ハァ!」
スケルトンとあったおおよそ二メートルほどの距離を、一瞬で殺した。
スケルトンが体を動かしたが、すでに俺は眼前に立ち、拳を振りぬいていた。
『正拳突き』がスケルトンの身体へと当たった。
この移動をするため、俺はすり足の特訓を行った。
武術の基本はすり足だと冒険者が話していたからだ。
俺が今はいている靴も、普通の靴と違ってすり足の訓練を行うために作ってもらったものだ。
それが、俺のスキル後の移動を確立させてくれた。
拳が突き刺さったスケルトンと眼前で向き合う。
今度は吹き飛ぶことはない。
――正拳突きには二種類ある。
柔の正拳突きと、剛の正拳突きだ。
剛は、最初に放ったように敵を吹き飛ばすようなものだ。
派手で、外傷にダメージを与えることができるが――これではオリハルコンを破壊することはできなかった。
俺があのとき、オリハルコンを破壊できたのは柔の正拳突きだ。
これは敵の内部から傷つける一撃となっている。
やり方は簡単だ。拳を握った際に、中指の第二関節が一番前に出るように殴ることだ。
これによって、一点に力を集中させることができる。
だが、これを支えるためには相応の握力が必要になる。敵の体に撃ち負けないだけの、肉体の頑丈さもだ。
……だから、これが使いこなせるようになるまで、俺は何年もの時間をかけた。
スケルトンの骨が内部から砕け散った。
……どうにか、倒せたな。
やはり、魔物というのは強いな……。
俺は軽く息を吐いてから、構えを解いた。
ちらと少女たちを見る。
恐らく、彼女らは新人冒険者なのだろう。
まだ息のあった子が全員を治療し終えたようで、とりあえずは問題なさそうだった。
「……あ、ありがとうございます!」
「……ああ、きにするな」
……少女は眼鏡がないと周りが見えないようで、見当違いな方向に頭を下げていた。
俺の声に反応して、慌てた様子で彼女がこちらに顔を向けてくる。
俺はスケルトンが持っていた剣を彼女のほうに置いてから、ちらとリーシャの家がある方を見た。
「俺も急いでいる。あとは任せていいか?」
「だ、大丈夫です……っ! 本当にありがとうございました!」
「……気にするな」
そう返事をしつつ、俺は先ほどの戦いを反省していた。
ゲイルさんがスケルトンは、あまり強い魔物ではないと言っていた。
なのに、あんなに苦戦するなんてな……。このままでは、レベル10の迷宮さえ攻略できないかもしれない。
――悔しい。
オリハルコンを破れるようになり、この街に来てから皆が俺をおだてていた。
……それにまんまとひっかかっていたんだ。
やはり、皆の言っていた言葉は嘘なんだ。
体は鍛えないとすぐに衰えていく。
確かに、最近は『正拳突き』を行う時間が減っていた。
……改めて、気合を入れなおさないとな。
今日から、鍛錬の時間を増やそう。
家につくと、リーシャが出迎えてくれた。
玄関は綺麗になっていた。鍵は直ったようだ。
「おかえりなさい、ジョン。随分遅かったわね」
「まあ、色々あってな。……夕食までまだ時間あるか?」
「ええ」
「ちょっと、体を鍛えたいと思う。外で拳を振っててもいいか?」
「ええ、いいわよ。夕食できたら呼ぶわね」
「……ああ、ありがとう」
リーシャがにこりと微笑み、キッチンへと向かう。
俺は外に出て、それから拳を振りぬいていった。