第16話
アリラがレベル51、と聞いたところでだからといって俺が強いというわけではないだろう。
「そうか」
……レベルというのはアテにならない、とも師匠は言っていたしな。
もちろん、レベルが高いほうが強い可能性は高いが、レベルはあくまで新しい技能の獲得を目的にしたほうが良いと師匠は言っていたからな。
「それはいいんだが……これからどうするんだ?」
アリラは今も俺に厳しい視線を向けてくる。
このまま、一緒に猫探しというわけにはいかないだろう。
「そうですわね……また明日、一緒に猫探しと行きませんこと?」
「お、お嬢様! また勝手に抜け出されては困ります!」
アリラが声を張り上げる。
それに対して、カナもこくりと頷いた。
「いえ、それはやめておきますわ。アリラに心配をかけたのも事実ですし……わたくしから名指しでギルドのほうに依頼を出しますわ。それを受けてくれません?」
「猫探しの依頼、か? ああ、いいぞ」
「お願いします。明日はこの屋敷で集合ということにしませんこと?」
そういって、カナはちらと屋敷を見た。
……うわ、大きいな。
ここがカナの屋敷か。領主というのは貴族の中でも偉い方だと話していたな。
さすがに、周りの家よりも一回り大きかった。
「分かった。ここに来ればいいのか時間は??」
「そうですわね。午後一時からでどうですの?」
「わかった。その時間は空けておこう」
「やった。お願いしますわね、お兄様」
嬉しそうにカナが微笑んだ。
アリラがちらと俺を見てくる。それから、声を張り上げた。
「カナリア様! この男が信用に足る人物かどうか、確かめても良いですか!」
「……確かめる、というのは何をしますの?」
「決闘を申し込ませていただきます!」
「決闘……なるほど。……そうですわね。お兄様のお時間を頂くことになりますし、アリラの一か月分の給料を彼に支払う、くらいやってくれますのなら、考えてもいいですわよ」
「い、一か月分!」
「あなたの大好きなギャンブルにも行けなくなってしまいますわよ?」
「す、好きじゃないです! ギャンブル、別に好きじゃないです!」
アリラが必死に首を振って否定する。
……俺はギャンブル? という感じで首を傾げてしまった。
「ギャンブルというのはなんだ?」
「お金をかけて、破産するものですわね」
カナがそういうと、アリラがぶんぶんと首を振る。
「違いますお嬢様! あれは夢を買うものです!」
「でもいつも負けているではありませんか。簡単に説明しますと、お金をかけて、より多くのお金を手に入れるためのものですけれど……だいたいの人は負けるようになっていますわ」
「……なるほど」
二人の説明でおおよそ分かった。
アリラはそれでもカナの言葉を否定するように首を振っていた。
「いいでしょう……私の騎士の誇りを賭けて、彼に決闘を申し込みましょう!」
「賭けるのは月の給料ですわよ?」
カナがそういうと、アリラはびくんと肩をあげた。
……あまり、お金はかけたくないようだ。
「いや、別に決闘くらいでそこまで金を賭けなくてもいいぞ? さすがに女性からお金を巻き上げるのは気が引けるしな」
「だ、だそうですお嬢様。……やはり、お金はまずいでしょう?」
アリラがカナにそういうと、
「分かりましたわ。報酬に関しては、猫探しの依頼に上乗せという形にしましょう」
「それでは、家の資金を使うということでは……?」
アリラが少し顔を青ざめる。
「けど、お兄様の実力についてはわたくしも気になっていましたの。だから、いいですわ」
アリラは色々と言いたいことがあったようだが、自分の給料が減らされるのは嫌だったようで黙っていた。
良いのか騎士よそれで……。
俺は彼女らとともに屋敷内へと入っていく。
屋敷には、訓練場と思われる場所があった。騎士たちが模擬戦のようなものを行っていた。
模擬戦か。師匠にボコボコにされたものだな。
それに、幼馴染たちには理不尽にいじめられたな。
あまり、良い思い出はなかった。
俺とアリラは向きあい、一定の距離をあける。それから、アリラがこちらを見てきた。
「……貴様、ジョンといったな?」
「ああ」
「武器は持たないのか?」
「ああ。この体が武器だ」
「……確かに、さっきは見事な白刃取りだったな。だが、そう何度もうまくいくとは思うなよ?」
アリラは近くの騎士から剣を受け取り、構える。
「この剣は刃を潰してある。……まあ、死ぬことはないが当たれば痛いからな?」
痛いって……鉄製だろう? 鉄で殴られても別に痛みはないと思うんだが……おかしなことを言うなぁ。
俺も拳を構え、それからカナが手を振り上げた。
「それじゃあ、はじめ!」
カナが楽しそうに声をあげる。
次の瞬間、アリラが一瞬で距離を詰めてきた。
気づけば眼前に彼女がいて、剣を振り下ろしていた。
確かに……速い。これが、アリラの本気なのか。
ただ、師匠よりは遅い。
だから、十分見切れた。
アリラの一撃をかわす。
彼女は驚いたように剣を振りぬいてきたが、俺はそれに合わせ、軽く拳を振りぬいた。
「ぐべ!?」
アリラの額を、俺の一撃が捉えた。
彼女が地面を転がり、それから体を起こしたが……剣を下した。
「……降参だ。まったく見えなかった」
「……そうか。ありがとう」
俺は小さく息を吐いた。
アリラがそういった次の瞬間だった。騎士たちから声があがった。
「す、すげぇ……あの男何者だ!?」
「拳だけで、アリラさんを倒すなんて……っ!」
「というか、アリラさんがまったく歯が立たないなんて初めてみたぞ!」
……また周りが俺を褒めている。
それが怖い。
……これはきっと俺を騙そうとしているに違いない。
「お兄様、かなりの腕前ですわね」
「……ありがとう」
カナがぱちぱちと拍手をしてきた。
「とりあえず、こんなところでいいのか?」
アリラを見ると、彼女はこくりと頷いた。
「……ああ、わかった。おまえの力は十分に、な」
「……そうか。それならよかった」
俺はほっと胸を撫でおろしてから、屋敷の外へと視線を向けた。
「それじゃあカナ、また明日な」
「はい、お兄様。楽しみにしていますわね」
そろそろ夜になるな。ギルドに戻り、ゴミ拾いの報告をしてからリーシャの家に帰ろうか。