第15話
貴族の女性はぺこぺこと頭を下げ、それからゴミを拾って去っていった。
……さっきとはまるで態度が違うな。
俺は驚きながら、彼女を見ていた。
「ありがとう、助かった」
「いえ、気にしないでください」
「助かった……とはいえ、大丈夫か? あとであの女性に何かされるとかはないな?」
……この子もたぶん貴族なんだろうとは思うが心配だ。
俺がそういうと、彼女は驚いたように目を見開き、それからフードを被りなおした。
「大丈夫ですよ。わたくし、この街の領主の娘ですから」
「……領主。それはなんだ?」
俺が問いかけると、カナリアは驚いたようにこちらを見てきた。
「そうですね。貴族の中でもそこそこ偉い人、って感じですわ」
「……なるほど。だから、さっきの女性もおまえに怯えていたのか」
「そういうことですの」
「それじゃあ、まあ良かった。俺はゴミ拾いを再開するな」
「……そこで、ちょっと相談なのですけれど、一緒に街を見て回りませんこと?」
「街、か? どうしてだ?」
「わたくし、飼っていた猫が逃げ出してしまいましたの。その子を探そうと思ってこうしてきたのですけど、一人だと探すのが大変ですので。報酬もきちんと払いますわよ」
「……暇、か」
まあ、手伝えないというわけではないが。
ギルドの話ではゴミ拾いは貴族街を中心に、だったな。
中心に、だから彼女とともに行動しても問題はない。
また戻ってきて、貴族街の掃除を再開してもいいんだしな。
「猫探し、分かった」
今はお金も欲しいからな。
せめて、生活費くらいは支払えるくらいは持っておかないとな。
俺の言葉に、カナリアは嬉しそうに目を細めた。
「わたくしはカナリアと申しますわ。あなたは?」
「俺はジョンだ」
「分かりました。ですが、わたくしのことは外では名前で呼ばないようにお願いしますわ。街の人に見つかったら面倒ですので」
悪戯っぽく微笑み、彼女は口元に人差し指をあてた。
「分かった」
「それでは、お兄様。一緒に行きましょうか」
「お兄様?」
「はい。わたくし、ちょうど兄が欲しかったんですの。そう呼んではいけませんの?」
うるうると上目遣いにこちらを見てくる。
まあ、別になんと呼ばれても気にするものではないな。
「いや、別にいいが。それじゃあ……妹、と呼べばいいのか? 一緒に行くとしようか」
「兄というものは妹を呼ぶとき、妹、と呼ぶものですか?」
「……いや、他に呼び方が思いつかなくてな」
「そうですね……それでは、カナとお呼びくださいまし」
「わかった。カナだな」
俺がそう答えると、カナはなぜか笑みを浮かべた。
「どうした、何か変なことがあったか?」
「いえ……そう呼ばれることはあまりなかったので、新鮮で嬉しいんですの」
まあ、みんなカナリアと呼ぶだろうからな。
彼女とともに猫探しを開始する。まずは、貴族街からだ。
「猫はいついなくなったんだ?」
「今朝起きたら姿を消していましたの。まあ、もともと放浪癖がある子ですから、ふらっと出てフラッと戻ってくることはありますけれどね」
「……そうなのか。それで、そのフードはなんなんだ?」
「わたくし、こっそりと屋敷を抜け出してきましたの。これは、探知から逃れるためのフードですのよ。似合いますの?」
カナは裾を掴んでくるりとその場で回る。
「まあ、似合ってはいるな。いや……そもそも、カナはかなり可愛いから、何着ても似合うんじゃないか?」
「お兄様、女性を褒めるのは慣れていますの?」
「……俺は孤児でな。姉妹のようなものがいてな。……褒めないと殴られていたものでな。気分を害したのなら謝るよ」
「別に、お世辞ということではありませんのね?」
「ああ、本心だ」
「それならいいですわよ」
……なんだか嬉しそうだな? よくわからんが、怒っていないのならよかった。
「屋敷の人は心配しないのか?」
「大丈夫ですわよ。ささ、お兄様。ゴミが落ちていますわよ!」
カナがゴミを見つけたので、俺はそちらに行って拾った。
「お兄様は普段からこういう仕事をしていますの?」
「……いや、今回がはじめてだな」
「そうなんですのね。楽しいですの?」
「まあ、そうだな。色々な人と交流ができて楽しそうではあるな」
「でも、貴族に喧嘩を売るのはやめたほうがいいですわよ? わたくしがいたから丸く収まりましたけど、ありもしない罪をでっちあげられて、そのまま牢にぶち込まれることもありますのよ?」
「……ただな。こうやってゴミ拾いをしているのは、そういう人がいるからだ。根本的になくすには、注意するしかないだろう?」
「……ええ、そうですわね。でも、難しい問題でもありますわ。けど、貴重なご意見をありがとうございます。わたくしも気をつけていきますわね」
カナが微笑みながら、歩き出す。
「そういえば、猫の特徴はあるのか?」
「黒猫ですわね。一応首輪をつけていまして、額に少し白い毛が混じっていますの」
「……なるほど。なまえは?」
「エンシェントドラゴンですわ」
「それを決めたのはカナなのか?」
「ふふ、そうですわ。ドラゴンのように強く、なってほしいと思いまして!」
なるほど。なかなかのセンスだな。
俺もフェリルにもっとかっこいい名前をつけたかった。
だが、フェリルが嫌がったのだ。……俺もドラゴンとつけたかったなぁ。
「貴族街にはいなそうだな」
それから一通り歩いていったが、貴族街では見つからなかった。
カナはがくりと肩を落とした。
「仕方ありませんわね。それでは一度、別の地区へと捜索に――」
そうカナが言いかけたときだった。
「お嬢様……っ!」
気迫のこもった声とともに、一人の女性がこちらへと飛び掛かってきた。
騎士、だろうか? 彼女の睨みつけるような視線から剣が振り下ろされる。
一体なんだ? 俺が振り返りながら、突き出された剣を片手で受けとめる。
「なっ!?」
俺に止められるとは思っていなかったのか、女騎士は驚いた様子で剣を動かす。
彼女が思いきり力を入れたとき、俺が手を離すと、女騎士は勢い余って背中から倒れた。
ゴロゴロと転がり、すぐに剣を構えなおした彼女を、カナが睨んだ。
「……もう、アリラ。あなたはいつも考えなしに行動するのだから。もう少し冷静に立ち回ってくれませんこと?」
「お、お嬢様が勝手に屋敷を抜け出したから焦っているのです! そちらの男は何者ですか!?」
睨まれたので答える。
「ジョンだ」
「違う! 誰も貴様には聞いていない!」
「……」
……そんな。
彼女の支離滅裂な発言に俺がショックを受けていると、カナが俺を指さした。
「彼はジョン様です。一緒にゴミ拾いと猫探しをしていたのです」
「……」
アリラ、と呼ばれた女騎士は目をぱちくりとしていた。
「……カナ。彼女は状況を理解しきれていないようだぞ」
「か、カナだと!?」
アリラが声をあらげ、それからカナが慌てて手を振る。
「ああ、アリラ。わたくしが勝手に呼ばせ――」
「カナと呼んでいいのは本当に親しい人物だけだぞ、分かっているのか貴様ァ!」
アリラが吠えて飛びかかってきた。
その体を受け流すように放り投げると、アリラはしりもちをついた。
「きゃんっ!?」
「……まったく」
俺が手を払っていると、カナが驚いたようにこちらを見てきた。
「……それにしても、お兄様。……つ、強いのですね」
「強い? どういうことだ?」
別に俺はまだまだレベル1の雑魚だが……。
「だって、アリラはレベル51の騎士ですよ? それをこうもあっさりと撃退するなんて思いませんでしたわ」
……なるほど、相性がいいんだな。