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器物破損常習者の悪人と謙虚なストーカーが、ゴミの山から「愛」を見つける話

作者: 志か

 診断メーカーの「依頼です、物書きさん。」を利用して、創作をさせていただいています。


 ありがとうございます。





「なんだこれは」


 崩れるを通り越して、もはや腐りかけたダンボールの隙間から、小さな箱が覗いている。薄汚れてはいるが赤い箱に薄いピンクのリボン。子供のおもちゃ箱のようだ。


「指輪のケース、ではないでしょうか」


 男は絶句して声のした方を見る。


 ありえない声だ。振り切ったはずだった。


 白いワンピースを着た少女がチタンフレームの眼鏡のつるに手を当てて、赤い箱を少し身を乗り出すようにして見つめていた。

「お、おお、お前、なんで、こっ、ここに……」


 上ずった男の声を意に介さない様子で、ふわりと微笑んで少女は答える。


「見つけました!」


「み、見つけった、や、見つけたって!」

「私、かくれんぼは得意じゃないんですけど、頑張りました!」

「得意じゃないとか、お前なぁ!!」

「本当にわからなくて、すごく探したんです。ようやく昨日の夜に黒田さんを見つけて……見つけられなかったら、私本当にどうしようかと思ってました」


 少女は頬を染め、もじもじした様子で続けた。


「黒田さんは私のすべてですから」


「……」

「きゃっ、言っちゃった」


 少女は頬に両手を当てて、もじもじと照れている。その様子は容姿と相まって、可憐で素朴で、かつ愛らしい。しかし、男にとっては恐怖でしかないらしく、目玉が飛び出さんがごとくに少女を凝視している。


「昨日の夜、だと?」

「はい、昨日の夜です!」


 褒めてください、とでも言いたげな笑みだ。


「何だと!? てことはあれか、お前を振り切れたのはたった数時間ってことか?」


「2時間11分です。今回はちょっと焦りました」

「たったの2時間だと! 今回はビルをひとつぶっ壊したんだぞ!」

「そうですよ、黒田さん。30階建てのビルなんて壊したら大事なんですよ」

「なんで俺がお前に怒られんとならんのだ!」

「怒ってません。そんな黒田さんに怒るとかそんなことしません」


「そんなの関係ないわ!」


 怒るのも無理はない。少女がいなければ、いや、彼女が男を好きにならなければ、今頃男は平和に暮らしていたのだ。


 男が少女を振り切るために逃走し続けた結果、看板、塀、屋根、そういったもののみならず、男自身の、また見ず知らずの他人の家をも破壊し、ついには高層ビルまで破壊するようになってしまった。

 罪状はいくつあるのか既に覚えていない。一度は捕まって刑務所に入れば少女から逃げられると思い、そうしてみたが、少女は女人禁制の刑務所の塀すらも超えてきた。ストーカーというレベルではもはやない。


「俺はお前のせいで今までどれだけ大変な思いをしてるんだと思ってるんだ!」

「すみません」


 少女はしゅんと頭を下げた。


「謝って済む問題か!」

「私にできることならなんでもします」


 このやりとりも既に何度目だろう。なんでもします、と言いながら、見てるだけならいいですよねと今までどおりのストーキングを繰り返すのだ。


「できんだろうが!」

「……すみません」


 わかってはいるらしい。


「だけど、黒田さんへの気持ちを止められないんです」

「俺はお前を嫌いだ。気持ち悪いとさえ思ってるんだ。それでも追いかけ回すのか」

「それでも私は貴方を好きなんです。本当です」


 色々と間違ってはいるが、少女の気持ちは本気だ。だからこそ、男は本当にどうしたらいいのかわからない。これからも今までのようにずっと逃げ続けるしかないのかもしれない。


 そして、――これが一番面倒なことに――少女は男と添い遂げることを望んでいるわけではない。ただ、男を見つめていたい、それだけなのだ。


「黒田さん」

「あ?」

「この箱、開けてみてもいいんでしょうか」


 男がすっかり忘れていた箱を少女は指差した。


「いいんじゃないか。ここにあるものは全部ゴミだしな」


 廃棄場に夢の島とは、なかなか皮肉の効いたネーミングではないか。

 少女は小さな箱を取り上げ、リボンを取って箱を開けた。かぱっと音がして中に薄いピンクの内張りが見えた。


「やっぱり、指輪なんですね」


 中には小さな指輪が入っていた。少女は指輪を取り出すことなく、箱を持ち上げた。


「婚約指輪でしょうか。多分、ダイヤモンドです」

「売ったら金になるな」

「大したお値段にはならないかもしれませんよ」


 少女は幸せそうに笑った。


「小さいですから」

「給料3ヶ月分でそれか」

「小さくても、きっと大きな愛です」


 うっとりと少女は微笑んだ。


「捨てられてるけどな」

「きっと、映画のような素敵なエピソードがあるんでしょうね」


 うっかりゴミ箱に落ちただけなのかもしれない。持ち主は探したかもしれないが、探して見つからないならそれはもう諦めるしかない。仮令本当に捨てていたとしても、理由はそんな大したものではないだろう。


「今はただのゴミだろ」

「黒田さん、寂しいからってそんな言い方……」

「誰が寂しいだ?」


 一体誰が、男を独りにさせているのだろう。最後に話した友人は誰だっただろう。男の記憶はおぼろげだ。


「そうだ、黒田さん。私にこの指輪をくれませんか?」

「俺のじゃないんだ。勝手に持っていけ」

「黒田さんがこれを捨てられていて誰のものでもないというのなら、これを拾って黒田さんから私にください」

「はあ? なんでそんな面倒なことをしなけりゃいけないんだ。しかもお前に」

「だって、愛は与えるものです」


 90%の人間が可愛いと言うであろう容貌の少女に、笑顔で見つめられて、男は背筋が冷えるのを感じた。


「寂しいなら与えればいいんです。そうしたら寂しくなんかなくなりますよ」


女は手のひらの上に箱を置いて、男に差し出した。


「この指輪の持ち主の気持ちもひっくるめて、私が受け取りますから」


 指輪を渡せばストーキングはなくなるのだろうか、とちらりと男は考える。

 それを察したかのように少女は大げさに両手を体の前で振った。


「あ、もちろん、指輪を頂いたからといって、不埒なことは考えたりはしません」


 現状を打破するにはむしろ考えてくれたほうがいいのか?


 男は指輪を見、そのあと少女を見ようとして目をそらした。少女の顔を見ないようにしつつ箱を掴み、彼方へ放り投げた。


「ああっ!」


 少女は指輪の箱を見上げる。その隙に男は全速力で走り出した。


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