06 赤い夢
赤く燃えている。
家が、木々が、全てが赤に染まっている。
(どこにいるの…?)
火の粉が飛び交う中をフランカは走っていた。
炎が燃え広がり黒い煙が巻き起こる中をひたすら探し求め、走り回る。
美しかった村は赤と黒に染まり、炎の燃える激しい音が響き渡る中、フランカの足が止まった。
そこには一本の大きな樹が立っていた。
木陰に人々が集い、祭の日は一晩中その傍で踊り明かした村のシンボルと言える樹。
———フランカが初めて〝彼〟を見たのもこの場所だった。
その樹は今や葉も枝も焼け落ち、黒い柱と化していた。
「あ……」
目の前で、ゆっくりと幹が崩れ落ちていく。
金色の瞳が大きく見開かれた。
フランカの悲鳴は炎の音にかき消されて何処へも届かなかった。
「———カ…フランカ」
ひんやりとした心地の良い感触が頬に触れる。
ゆっくりと目を開くと、目の前に紫色に輝く瞳があった。
「フランカ、大丈夫?」
「…ハルム…」
何度か瞬くと、フランカは起き上がった。
ベッドの上だった。
カーテンの向こうはほんのり明るく、もう夜明けなのだろう。
ベッドの縁に腰掛けていたハルムは上体を起こしたフランカの顔を覗き込んだ。
「どうして泣いていたの?」
「泣いて…」
フランカは自分の頬に手を当てた。
しっとりと濡れた感触は、確かに泣いていたようだった。
「———夢を、見ていたの」
「夢?悲しい夢?」
「そうね…」
何度も繰り返し見る夢。
二度と戻ることのない、自分の記憶の中にしかない…遠い、遠い過去。
つ、とフランカの瞳から雫が流れた。
それを拭おうとしたフランカの手を、ハルムの手が掴んだ。
思わず顔を上げた目の前にハルムの瞳があった。
それがすぐに視界から消えると、頬に柔らかな感触を感じた。
「…え」
「不思議な味がするんだね」
そう言ってハルムは今度はフランカの目尻に残った涙を舐めとった。
「———!!」
何をされたか理解した途端、フランカの顔が真っ赤になった。
思わずハルムから離れようとしたが、手を握られていてできない。
「な、なにするの?!」
「朝露みたいに綺麗だったから、どんな味がするのかなって」
無垢な笑顔でハルムは答えた。
「だからって…人の顔を舐めるとか!」
「ダメだった?」
ハルムは首を傾げると、手を掴んでいない方の手をフランカの顔へと伸ばした。
「涙は変わった味がするけど、フランカの顔は柔らかくて気持ちがいいね」
「なっ」
ハルムの言葉と頬を撫でる手に、フランカの顔が更に赤くなる。
———ハルムは無垢なのだ。
四歳のエミーと同じか、それ以上に。
だから何の躊躇いもなくこういう事をするのだろうけれど……
「ハルム…こういう事をしてはいけないのよ」
「こういう事?」
「…涙を…その、舐めるとか。あとやたら人の顔に触れるのも」
「でも昨日、フランカだってエミーたちを触ってたよ」
「…あの子たちはまだ子供だから」
「子供だといいの?」
不思議そうにハルムは首を傾げた。
「……そうよ、子供でも家族じゃなかったり、大人になったら触っちゃダメなのよ」
「ふうん…?」
良く分からないというように、ハルムは更に首を傾げる。
こういう事は日常の生活で自然と学んでいくものだし、人間と感覚の違うハルムに説明するのは難しい。
———だからといって、天使だから触られて良いというものでもないし。
「でも、僕は」
どう説明すればいいのか迷っていると、ハルムはフランカの手を握る手に力を込めた。
「フランカにもっと触りたいと思っているよ」
「…それは、ダメだから!」
「どうして?」
「どうしてって…だって…」
言い淀んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「フランカ…いる?」
ドアの向こうからアンナの声が聞こえた。
「アンナ?どうしたの?」
「あのね…」
ガチャリとドアを開けて顔をのぞかせたアンナは、ベッドの上のフランカと、その傍でフランカの手を握りしめているハルムを見て目を大きく見開きその頬をさっと赤く染めた。
その様子にフランカは慌ててハルムの手を振りほどこうとしたが、華奢な見た目に反して強い力で全く動かない。
「あ、あの。ソフィーが泣いてて…」
「すぐ行くわ」
アンナの言葉に慌てて立ち上がろうとするとようやくハルムはその手を離した。