22 愛し子
トゥーナは天の片隅で独り、鳥や動物たちを相手にいつも歌を歌っていた。
孤独だったが、歌っている時は寂しさを忘れる事が出来たし何よりも歌が好きだった。
「素晴らしい歌ね」
その日も吹き渡る風の心地良さに身を委ねながら歌っていると、突然声が聞こえた。
振り返ると、銀色の髪に金色の瞳の女性が立っていた。
一度だけ、そのひとを見た事があった。
産まれてすぐ、旅立つ自分たちに祝福を与えてくれた、この天を支配する女神。
「もっとそなたの歌を聴かせてくれますか」
優しい笑顔で女神は言った。
そうしてトゥーナは女神の神殿へ上がる事になった。
初めはその美声と巧みな歌で女神や他の天使たちを楽しませていたが、すぐにその歌に力を宿す事が出来ると分かった。
女神はトゥーナを愛し子とし、自らの力を与えてそれを使う事を認めた。
歌う事はトゥーナにとっては呼吸する事と同じ事で、どれだけ歌っても疲れる事も飽く事もない。
それに言葉のない動物たちを相手にするよりは、自分の歌を喜んで聴いてくれる女神や仲間たちの前で歌う方がやり甲斐もある。
神殿での生活は楽しいものだった。
どれほどの長さの刻をそうして歌い続けていただろう。
ある時、トゥーナは地上に降りる事になった。
人間の世界では幾つもの国の間に諍いがおき、戦争が起きようとしていた。
戦を望まない女神は神託を使ってやめさせようとしたが、複雑な政治的背景を抱えた人間たちはそれを聞かなくなってしまったという。
そうして戦争は始まってしまったのだ。
海に囲まれたその小さな国にも、海の向こうの戦争が飛び火しようとしていた。
せめて特に女神への信仰が篤いその国は守りたいと、女神はトゥーナを地上へと向かわせた。
トゥーナは鳥へと姿を変え、幾つもの教会を飛び回りながら女神の言葉を歌に乗せ届けた。
そうしてある時訪れたのが、砦がある岬の側の小さな村だった。
村にある大きな木に止まったトゥーナが見たのは、語り合う数人の青年の姿だった。
国を守るために砦に大勢の兵士たちがやってくる事、そして彼らの世話をこの村でするよう命令が出ている事———けれど戦争には反対だと彼らは話していた。
青年たちの中の一人にトゥーナは引きつけられた。
いかに戦争が愚かな事なのだと熱弁をふるう、強い輝きを宿した青い瞳。
トゥーナはその瞳から目が離せなかった。
それからトゥーナは、教会を巡る合間にその村へ寄っては青年の姿を探した。
平和を強く願う青年はいつも厳しい表情だったけれど、時折村の子供たちに見せる優しい笑顔に胸が高鳴るのを感じた。
天に戻っている間も、ふとした拍子に彼の事を思い出してしまう。
青年に抱く感情が「恋」というものらしい、と気付いた頃には状況は悪化し、いつ戦争が始まってもおかしくなかった。
トゥーナは必死に歌い続けていたが、小さな国では大国の意向には逆らえない事、折しも天候不良による穀物の不作が重なってしまい、女神への信仰心も弱まっていた。
これ以上は難しいと観念した女神はトゥーナを地上へ送る事をやめたが、トゥーナはいつも天から国や村、青年の様子を眺めていた。
そしてとうとう、海の向こうから大軍が押し寄せ———砦に火が放たれた。
いてもたってもいられなくなったトゥーナは無断で地上に降り、炎の海と化した村へと向かったのだ。




