19 渇望
静かになった部屋でフランカはひとり息を吐いた。
———ハルムが自分へ抱く感情が、スヴェンのいう通りだったとしたら…
けれどハルムは…彼は、天に帰らなければならない。
彼は———ここには長くは居られないのだから。
「フランカ」
ドアの所に少し不機嫌そうな顔でハルムが立っていた。
「あいつが来てたの」
「…スヴェン?ええ、お見舞いに来てくれたの」
露骨に不快な表情を見せると、ハルムはベッドの傍へ立った。
「フランカはあいつと番になるの?」
ハルムの言葉にフランカは瞠目して———視線を逸らせた。
「……そうね」
結婚など、するつもりはなかった。
一生この孤児院で子供たちの面倒を見ていこうと。
けれどハルムがもしも自分の事を、本当に〝そういう〟心で見ているのだとしたら……彼には諦めてもらわないとならない。
自分の歌のせいでハルムが天から落ちてしまったのなら、自分がハルムを天に帰さなければならないのだから。
「どうして…僕は人間じゃないんだろう」
フランカを見つめてハルムは言った。
「ねえフランカ。どうしたら僕はフランカとずっと一緒にいられるかな」
紫色の瞳が悲しげに揺れた。
「僕は天には帰りたくない。…でも、消えたくもない」
フランカは息を飲んだ。
「天から離れた天使は女神の加護を受けられない。そうなったら天使はやがて消えてしまう。———だけど僕は、フランカの側にいたい」
ベッドの傍で膝をつくと、ハルムはフランカの手を握りしめた。
「フランカ…フランカ」
ぐ、と手に力がこもる。
「嫌なんだ。独りでいるのも…消えるのも」
ああ———知っていたんだ。
このままではハルムは消えてしまう事を。
フランカは縋るような紫水晶の瞳を見つめた。
「ハルム…」
「僕は人間になりたい」
握りしめたフランカの手を、ハルムは自身の胸へと押し付けた。
人間よりも体温が低いハルムの、けれどそこからは確かに彼の温度と鼓動が伝わってきた。
「ハルム」
フランカはハルムの手を握り返した。
「あなたは…天に帰るべきだわ」
ハルムは目を見開いた。
「祭りの日は、女神の力が強くなって天と地が繋がるの。きっと、その時に天に帰れるわ」
「嫌だ」
「でもこのままだと消えてしまうのでしょう?だったら…」
「あそこにはフランカがいないじゃないか」
「だけど…」
「嫌だ!」
「ん…」
ハルムの叫び声に、エミーが身動いだ。
「エミー…ごめんね、起きちゃった?」
とろんとした瞳でフランカを見上げたエミーの頭にキスを落とすと、緩んだような笑みを浮かべてエミーは再び目を閉じた。
「エミーは、ずるい」
フランカに頭をすり寄せるエミーを見てハルムは言った。
「エミーも、あいつも。みんなずるい」
「ハルム…」
「僕だって、フランカと一緒にいたい」
痛いほど、ハルムはフランカの手を握りしめた。
「フランカの側で、フランカの歌を聴いていたいんだ」
フランカはただ手を握り返すしかできなかった。




