17 炎の中の命
全てを焼き尽くしたはずなのに、炎はその勢いを失わなかった。
ただひとり、炎の中でフランカは佇んでいた。
もう———何もない。
あの美しかった村も、森も…あの人も。
自分が憧れ、望んだもの全てが。
「…っ」
不意に目頭が熱くなり視界が滲む。
不思議に思って目元にやった指先が濡れるのを感じた。
「これは…涙?」
ああこれが…この気持ちは。
悲しいのか。
苦しいのか。
悔しいのか。
湧き上がる感情が雫となり瞳から溢れ出す。
声も立てず、フランカはただ涙を流し続けた。
どれだけそうしていただろう。
ふとフランカの耳に音が聞こえた。
炎のはぜる合間からかすかに聞こえる…あれは。
「声…?」
音のする方へとフランカは歩き出した。
炎に囲まれた中に、幼い子供がうずくまっていた。
運が良かったのか…誰かに守られていたのか。
息はあったが、その身体は炎に焼かれて赤黒く、痛みと苦しさに泣き呻く声は今にも途切れそうだった。
「大丈夫?」
膝をついて覗き込むと、涙で赤く染まった大きな瞳がフランカを見上げた。
小さな女の子だった。
弱々しいけれどその瞳がしっかりとフランカの姿を捉えた瞬間、フランカの胸に覚えのない感情が湧き上がった。
それは〝彼〟を眺めていた時に感じたものと似ているようで…少し違う、不思議な感情。
その心の動くままにフランカは女の子を抱きしめた。
「大丈夫…大丈夫だから」
小さな手が、弱々しくフランカの腕を掴む。
「あなたは私が守るわ」
顔を上げるとフランカは歌い出した。
歌声は炎に溶けて空へと昇っていく。
フランカの腕の中の少女が光を帯びた。
全身を光に覆われ、その光が消えて中から綺麗な肌の少女の姿が現れてもフランカは歌を止めなかった。
やがて空から雨が降り出した。
ぽつりぽつりと落ちてきたそれはすぐに激しい雨となる。
炎と雨が混ざり合い、白い煙となって村中を覆い尽くしていった。
額にひんやりとした感触を感じてフランカは目を開いた。
目の前で紫水晶が揺れている。
「ハルム…」
「起きた?フランカ…」
ハルムの冷たい手が額から頬へと動く。
熱を帯びた身体に心地よい、その感触に目を閉じそうになる。
「フランカ…ごめんね」
そう言うとハルムはフランカの額にキスを落とした。
雨の中、ハルムを探しに行った翌日。
フランカは熱を出した。
そう高い熱ではないから大したことはないと言ったのだが、自分のせいでフランカが熱を出した事にショックを受けたハルムが動揺してフランカが起き上がらないように一日中くっついているため、もう二日間寝たきりだった。
「ダメだよ、フランカ」
上体を起こそうとしたフランカをハルムが押しとどめた。
「…寝たきりも疲れるのよ。ベッドからは降りないから…」
「ダメ」
フランカの肩をベッドへと押し付けると、ハルムは泣きそうな顔になった。
「フランカがダメって言うのが分かった」
「え?」
「熱が下がらなかったらどうしようって。もっと悪くなったらって…フランカは何もして欲しくない」
「ハルム…」
「だから起きないで」
ハルムはフランカの手を握りしめた。
「ごめんね、フランカ」
「…今度からは気をつけて、言う事を聞いてね」
「うん」
微笑んでそう言うと、ハルムもようやくその顔に小さく笑みを浮かべた。




