15 降りしきる雨
「雨って、不思議だねえ」
朝から激しく降りしきる雨を、もう何刻も飽くことなく窓越しに眺め続けているハルムが呟いた。
「ハルムがいた所は雨降らないの?」
「降らないよ」
「どうしてー?」
「じゃあどうして雨が降るの?」
ハルムの問いに、子供たちは顔を見合わせた。
「…知らない」
「フランカ、どうして?」
「うーん、どうしてかしら…」
期待を込めた目で見られて、フランカは困ったように眉を下げた。
「フランカも知らないの?」
「そうね」
「神父さまは知ってるかなあ」
「どうかしら…雨が上がったら聞きに行ってみる?」
「今から行こうよ」
ハルムは立ち上がった。
「ダメよ、雨が上がるまで待って」
「どうして?」
「こんなに強く降っているのよ、危ないわ」
「雨は危ないの?」
ハルムは不思議そうに首を傾げた。
「そうよ、これだけ強く降っているし、沢山降っているでしょう。川が溢れたり足元も悪くなっているから転んで怪我をしたら大変よ。それに濡れたら風邪を引くかもしれないし…」
「僕は怪我しないよ」
「…とにかく雨が止むまでは外に出てはダメよ」
「フランカはダメって言ってばかりだ」
ハルムは口を尖らせた。
「…だって危ないのだから、仕方ないじゃない」
フランカは立ち上がると、ハルムの前に立って宥めるようにその頬に手を触れた。
「心配だからダメって言っているの。分かって?」
「———分かった」
口を尖らせたままハルムは答えた。
…天使であるハルムに人間の感覚を理解させるのは難しいけれど、だからと言って自由にさせる訳にもいかない。
「もうしばらくすれば雨が止むから、ね」
幼子に言い聞かせるようにフランカはハムルの目を見つめて言った。
「フランカ」
居間でソフィーとエミーに本を読んでいると、部屋にいたクルトとベックが入ってきた。
「どうしたの」
「ハルムが外に出ていっちゃった」
「———え?」
「雨に濡れてみたいんだって」
「風邪引くからダメだよって言ったのに、天使は病気にならないから平気だって」
「……もう…」
フランカは大きくため息をついた。
———危ないというフランカの言葉に納得していないようだったけれど、まさか勝手に出て行くとは。
「ハルムの姿、見えないよ」
窓の外を見ながらアンナが言った。
「どうする?フランカ」
「…濡れて納得すれば戻ってくるから、待っていましょう」
子供たちを見渡してフランカは言った。
けれどハルムは戻ってこなかった。
「ハルム帰ってこないねえ」
子供たちが心配そうに窓の外を見つめる。
フランカも外を見た。
雨は大分弱まってきているようだった。
そろそろ止みそうだが、その前に日が暮れてしまうかもしれない。
「…探しに行ってくるわ」
フランカは子供たちを見渡した。
「フランカ、危ないよ」
「でもハルムは外の事をあまり知らないの。もしも遠くまで行っていたら大変だわ」
そう答えてフランカはマントを羽織った。
「先に神父様の所に行って、ここに来てもらえるよう伝えるから。あなたたちは絶対に外に出てはダメよ。いいわね」
「うん」
「アンナ、ベック。みんなをよろしくね」
フードを深く被るとフランカは家の外へ出た。
小雨になってきたとはいえ、朝から散々降り続いていたせいで足元はひどくぬかるみ、視界も悪い。
神父の家から出ると、目を凝らして周囲を見渡すがハルムの姿は見えなかった。
「フランカ!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、スヴェンがこちらに駆け寄ってくる所だった。
「スヴェン…どうしたの」
「川と粉挽き小屋の様子を見にいったついでに孤児院に寄ったら、君が外に出たというから」
麦を挽くのに水車を使うため、川の側に粉挽き小屋が建てられている。
雨で川が増水すると水車や小屋に被害が出ることもあるからそれを確認しに行ったのだろう。
「あいつがいないんだって?」
「雨が珍しいから濡れたいって…」
「雨が珍しい?」
スヴェンは訝しげに眉をひそめた。
「———ハルムは外の世界の事をよく知らないのよ…早く見つけないと」
二人で孤児院や教会の周辺を回ったが、ハルムの姿は見当たらなかった。
「もう…どこへ行ったの」
「どこか行きそうな場所はないのか」
「あの子孤児院の外にはほとんど…」
ハッとしたようにフランカは目を見開いた。
「もしかして…岬に行ったのかも」
「岬に?」
「何度か一緒に散歩に行ったから…」
「まさか海に落ちてないだろうな」
フランカとスヴェンは顔を見合わせた。
「急ごう」
「ええ」
海へと向かって二人は急ぎ足で歩き出した。




