14 家族
「フラン…」
帰ってきた気配に気づいたのか、家から飛び出してきたハルムはフランカの隣にスヴェンがいるのを見てその顔を強張らせた。
「なんで一緒にいるの」
「途中で会って荷物を持ってもらったのよ」
「荷物なら僕が持つのに」
「ふうん、そんな細い腕で持てるのか?」
「二人とも…喧嘩しないの」
睨み合うハルムとスヴェンに、フランカはため息をつくとスヴェンを見上げた。
「スヴェン、ありがとう。お茶飲んでいく?」
「ああ」
「そんな奴家に入れないでよ!」
「ハルム」
フランカはハルムに向いた。
「スヴェンはいつも孤児院の事を助けてくれているの。あなたもここに住んでいるのだから仲良くしなさい」
「…でも」
「分かった?」
真剣な顔でフランカに見つめられ、ハルムはしぶしぶ頷いた。
お茶を飲んでいる間は大人しくしていたハルムだったが、スヴェンが帰ったとたんフランカに抱きついてきた。
「ハルム」
フランカが抗議してもその腕を緩めない。
「エミーも」
「…片付けてくれるかしら」
エミーが腕の中に潜り込んできたのを膝の上に乗せながら、フランカはアンナを見た。
「ハルムって子供みたいね」
ティーセットを片付けながら、フランカにしがみつくハルムとエミーを見てアンナは首を傾げた。
「ハルムは人間でいうと何歳なの?」
「天使には子供とか大人とかそういうのはないよ」
フランカの肩に頭を乗せたハルムが答えた。
「生まれてから死ぬまでずっと同じ姿だ」
「じゃあ何歳なの?」
「知らない、数なんか数えないから。数百年以上は生きてると思うけど」
「数百年…」
想像もつかない数字にアンナはため息をついた。
「それってどれくらい?」
「そうね…ここにいる皆の歳を足しても全然たりないわ」
尋ねたソフィーにフランカは答えた。
「神父さまも?」
「そうよ」
「ハルムはすごいんだね」
「人間より長生きしたからって、すごくないし、いい事なんかないよ」
冷めた声でハルムは言った。
「何も変わらない暮らしがずっと続くんだ。ずっーと」
「ずっーと?」
「ずっと。つまらないよ」
ソフィーに向かってそう言うと、ハルムはフランカを抱きしめる腕に力を込めた。
「フランカはスヴェンとハルム、どっちを選ぶの?」
夕飯の支度をしているとアンナが尋ねてきた。
「…選ぶって」
「スヴェン兄ちゃんと結婚するんだろ」
スープ皿を出していたベックが言った。
「神父さまの奥さんが結婚式で使うヴェールを作るって張り切ってたよ」
「え、もう結婚するって答えたの?!」
「———まだ答えてないわ」
鍋の火を止めるとフランカは二人を見た。
「返事をするのは祭りが終わったあとよ」
「でも兄ちゃんと結婚するんだろ」
「…どうかしら」
ベックから渡された皿にシチューをよそいながら、フランカは昼間のスヴェンとの会話を思い出した。
心が自分に向いていなくても受け入れると言ったスヴェン。
———けれど彼は知らない。
フランカの過去を…犯した罪を。
それを知っても、彼はまだ受け入れると言うだろうか。
「じゃあハルムは振られちゃうのね」
サラダを盛り付けながらアンナが言った。
「アンナはスヴェン兄ちゃんよりハルムの方がいいのか?」
「そういう訳じゃないけど…」
アンナは手を止めた。
「…フランカがこの家から出て行ったら寂しいなって」
「アンナ…」
「兄ちゃんの家すぐ近くだろ」
「そうだけど…でも〝家族〟じゃなくなっちゃうでしょ」
「———離れて暮らしても家族は家族よ」
そう言ってフランカはアンナの頭を撫でた。
今は姉的立場のアンナだが、孤児院に来た頃は毎晩フランカが添い寝しないと眠れないくらいに寂しがり屋で泣き虫だった。
もしもフランカがここから居なくなれば、アンナが最年長になる。
これからはフランカの代わりに自分が皆を守っていなかければならない…そんな不安もあるのだろう。
「いつでも助けに来るわ。私は一生アンナの〝姉〟なんだから」
「…うん」
幼い頃を思い出すような泣き顔になったアンナを、フランカはそっと抱きしめた。