10 贈り物
「フランカー。スヴェンが来たよー」
クルトの声にジャガイモの皮むきをしていたフランカは手を止めて立ち上がった。
台所から外へと出るドアを開けると、袋を肩に担いだ青年が立っていた。
「やあフランカ。変わりはない?」
日焼けした肌に白い歯を覗かせて青年はフランカに笑顔を向けた。
「スヴェン。ありがとう、みんな元気よ」
スヴェンは粉屋の息子で、定期的に小麦粉の配達にやってくる。
勝手知ったる様子で中に入ると、スヴェンは担いでいた袋を棚へとしまった。
「あと、今日はこれをフランカに」
そう言ってスヴェンは小さな箱を差し出した。
「…何?」
「あげる。開けてみて」
箱を開けると中には白い花が並んだ髪飾りが入っていた。
「これは…」
「来月の祭りで歌う時に使って欲しいんだ。歌姫は白い飾りを身につけるって聞いたから」
「…こんな…もらえないわ。高かったんじゃないの」
布で作られた白い花は緻密にできていてまるで本物のようだった。
とても町にあるお店で売っているようには思えない。
…わざわざ大きな町まで買いに行ってきてくれたのだろうか。
「いいんだよ、お祝いなんだから。十年に一度の祭りの歌姫に選ばれるなんて名誉な事だろう」
そう言うとスヴェンはフランカの手から髪飾りを取り、その肩に手を乗せた。
「ほら向こう向いて。つけてやるから」
フランカの身体をくるりと半回転させると、スヴェンは髪を後ろで一つにまとめられている紐のすぐ上に髪飾りをつけた。
「うん、いいね」
満足そうに頷くと、スヴェンはもう一度フランカをこちらに向かせた。
「フランカももっと普段から飾りをつければいいのに」
「…仕事の邪魔だもの」
「小さな髪飾りくらいならそんなに邪魔にならないだろう」
「買う余裕がないわ」
こういうものは一つ手に入れてしまうと次から次へと欲しくなってしまうのをフランカは知っている。
それにもしも自分がつけたら、アンナ達にも何かあげないとならないだろう。
———孤児院の経営状況ではそんな余裕はないのだ。
「じゃあ俺が贈るよ」
「それはダメよ」
「どうして」
「どうしてって」
「フランカ。俺は…」
スヴェンはフランカの腕を掴むと、自分へと引き寄せようとした。
けれどフランカの身体は逆に後ろへと倒れこんだ。
「誰?」
いつの間にか現れたハルムが背後からフランカを抱きとめるとスヴェンへ冷たい視線を送った。
「…そういうお前は誰だ」
明らかに敵視された眼差しに、スヴェンは眉を吊り上げた。
「僕はハルムだ」
「ハルム?」
「…事情があって、しばらくここで預かっているの」
「しばらくじゃないよ」
ハルムはフランカを抱きしめる腕に力を込めた。
「僕はずっとフランカと一緒だ」
「———ふうん」
スヴェンはハルムを暫く見ると、視線をフランカへと移した。
「フランカ。今度の祭りが終わったら君に求婚するから」
「え?」
突然の言葉にフランカは目を見開いた。
「返事はその時に聞かせてくれ」
最後にハルムを一瞥するとスヴェンは台所から出て行った。
「きゅうこん、て何?」
暫くの沈黙の後ハルムが呟いた。
「フランカに結婚して下さいってお願いするのよ」
いつの間にか、スヴェンが出て行ったのと反対側のドアからアンナ達が覗き込んでいた。
「結婚……番になるって事?!」
ハルムは抱きしめたままのフランカの顔を覗き込んだ。
「あいつは何なの?」
「…スヴェンは幼馴染でいつも小麦粉を持ってきてくれるのよ」
「おさななじみって?」
「小さい頃からの友達よ」
二つ上のスヴェンはフランカが来る前から孤児院に遊びに来ていた。
ここに来たばかりのフランカを何かと気にかけて面倒をみてくれていた、フランカにとっては兄のような存在でもあるのだ。
「あいつとそんなに長く一緒にいるの」
ハルムはムッとしたように口を尖らせた。
「じゃあもう一緒にいなくていいよね」
「え?」
「フランカは僕と一緒にいるんだ」
そう言ってハルムはフランカの肩に顔を埋めた。
「ハルム…」
「ダメだよ、あいつと番になんかならないで」
声を震わせるハルムの背中に手を当てると、ハルムは強くフランカを抱きしめた。




