01 少女は歌う
小さくて古びているが手入れの行き届いた教会の、数少ない鮮やかな色彩を持つステンドグラスは太陽の光を受けて輝いていた。
そこに描かれているのは花を持った美しい女性と、その周囲を飛び交う翼の生えた天使たち。
女性はこの国で信仰されている女神だ。
ステンドグラスの下、祭壇の前には一人の少女が立っていた。
癖のある長い栗毛を一つにまとめ、大きな青い瞳はじっとステンドグラスを見上げている。
少女の後ろ、椅子には五人の子供たちが座っていた。
皆落ち着きなくそわそわと、それでも口はきちんと閉ざして彼らは少女の背中を見つめていた。
「フランカ、始めていいかい」
傍のオルガンの前に座った初老の男性が声を掛けた。
「はい、神父さま」
男性を見て頷くと、フランカは再び前を向いた。
「それじゃあ、まずは十五番からだ」
神父の声に、子供たちは手元の小さな本をめくった。
ゆったりとした、柔らかなオルガンの音色が教会の中に響き渡る。
やがてその音にフランカの声が重なった。
早朝の光を思わせるような澄んだ声だった。
神への感謝と命ある事の喜びを歌う、言葉の一つ一つが心に染み渡っていくようだった。
空気を清らかに変えながら天へと昇っていくようなその歌声に、最初は本に視線を落とし歌詞を追っていた子供たちも、いつしかただただ一心にフランカの背中を見つめ、全身で彼女の歌に聞き入っていた。
やがて歌が終わり、オルガンが止んでも誰も身じろぎ一つ出来なかった。
「———相変わらずフランカの歌は凄いね」
ほう、と息を吐いてから神父は口を開いた。
「きっと来月の祭でもみんな驚くよ」
「…ありがとうございます」
振り返ったフランカが少しはにかんだ笑顔を見せると、ようやく子供たちがざわめき出した。
「フランカすごい!」
「うまーい」
「きれいな声…」
次々に褒めそやされて、今度は困ったような笑顔になったフランカに目を細めて、神父は譜面をめくった。
「さあ、次の曲だ。今度は四十三番だよ」
神父の声に子供たちは慌てて本をめくりだす。
「これは古い言葉だから意味が分からないだろうけれど、天使を讃える歌で祭の時だけ歌う特別な歌なんだ。フランカ、準備はいいかい」
「はい」
オルガンが音を奏で始めるとフランカは息を吸い、再び歌い出した。
素朴な旋律に絡まるように、耳慣れない発音の歌が赤い唇から紡がれていく。
来月の花の月に、十年に一度の特別な祭が開かれる。
この国では夜空にひときわ大きく輝く月は女神の住まいとされ、その月に『天使の涙』と呼ばれる明るい星が十年に一度重なるのだ。
女神の使いであり地上に祝福を与える天使を讃え、この先十年の豊作と無病息災を願う祭が各地で開かれる。
その祭りの場で捧げられる歌を歌う役割を与えられたのが町一番歌が上手いと評判のフランカだった。
今日は祭の時と同様に教会で歌う練習をするため、世話をしながら一緒に暮らしている孤児院の子供たちも連れてきたのだ。
普段は弾かない曲を間違えないように演奏に集中する神父も、フランカの歌に聴き入っている子供たちも、そして無心に歌うフランカも。
その異変には気づかなかった。
天井が淡く輝いていた。
そこには古ぼけたフレスコ画が描かれているが、その中の、ひとりの天使の絵が不意にひときわ強く輝く。
ふわり、と白い羽が落ちてきた。
それに気づいた少年が顔を上げた。
「あ…」
「ベック?」
隣に座る少女がそれに気づき、同じように頭を上げた。
天井からふわふわと、何枚もの白い羽が落ちて来ていた。
「わ、あ……」
騒ぎ始めた子供たちにようやく気づいた神父が顔を上げると、その光景に目を見張った。
いつのまにか教会内が光で満たされていた。
そして光の中を舞う白い羽。
「これは…」
オルガンを弾く手を止め、神父は立ち上がった。
バサリ、と大きな音が響くと、目を閉じて歌い続けていたフランカの頬に何かが触れた。
少しひんやりとしたその感触に目を開ける。
目の前に紫水晶のような、キラキラと輝く二つの瞳があった。
真っ白な肌に金色の髪。
薄い桃色の唇の端が、ゆっくりと上がる。
「みつけた…」
白い服に背中に大きな白い翼を生やした少年がフランカの顔を覗き込んでいた。