拝啓
君が今、これを読んでいるということは──。
冗談です。許して。
拝啓 和嶋 朔 様
桜の花が待ち遠しい日々です。ますますご健勝のことと、お喜び申し上げます。といっても、こちらには桜なんて優美なものはありませんから、もしかしたらもう咲いているのかもしれませんし、梅すら開いていないのかもしれません。先に挙げた、君が今──、の一文も、事実になるかもしれません。
あの日を覚えていますか? 一昨年の2月、突然に通路が崩落した日です。今でも、行方不明者数と死者数は置き換わっているようです。その原因も不明なまま、機関は再建を始めたようで、無機物の輸送は可能とのことでしたので、こうして手紙を送った次第です。師匠は、大丈夫ですよね。巻き込まれたりしていませんよね。と、切に願いながら──。
そんな、届くかどうかもわからない手紙ですが、無駄話は便箋の無駄ですので、本題に入りたいと思います。師匠に迷惑をかけてばかりのどうしようもない弟子でしたが、家庭を持つことができました。それなりの仕事にも就けて、地位も持てました。研究もまだ続けていますが、あまり成果はあげられていません。何が認められたのかは全くの不明ですが、来たる夏に、ラジエの探索班の一員として指名されました。帰還に関しての保証は全くのゼロです。永遠に混沌を彷徨うことになる可能性も、ならない可能性より遥かに高いです。
もしかしたら、最後の手紙になるかもしれません。悔いは一片どころじゃありませんが、命令なのでやらざるを得ません。
師匠に伝えたいことは、山ほどあります。数えることすら難しいです。なので、一言だけ言わせてください。
どうか、お元気で。
敬具
愛する師匠の一番弟子、宮東 望
PS.家族と風景の写真を数枚同封しました。お納めください。あと、ちゃんとした文体の手紙、やっぱり苦手です。悪筆は許してください。
※
ギィ、と椅子が音を立てた。弟子が去ってから早数十年。ようやく手紙があったと思えばこの有様。そうか、まだ向こうでは、そんな短い時間しか流れていないのか。あの日、通路が崩落した日。私が両の膝を失った日。弟子はまだ、向こうの世界にいた。私達は、永遠に隔てられてしまった。
ギィ、と椅子を鳴らす。窓辺と庭に、白い世界を積み上げるボタン雪を眺めながら、ゆっくり、静かに、ロッキングチェアを揺らす。
ようやく届いた便箋を、その封筒にしまい込む。この身体は、あと何日動くだろうか。
あの人は、あと何日生きられるのだろうか。届くのなら、手紙を返してみようか。いや、「君が今──」以外の書き出しが思いつかない。やめておこう。
視界の縁に誰かが映った気がした。雪はなお、積もり続ける。気がついたときには、シワだらけの手から封筒が滑り落ちていた。
そうか、ここまでか──。
読了、感謝します。
世界を繋ぐ通路の再建のため、向こう側の機関Rad'ieは、前回の探索班の帰還を待たずして、第二回の探索班を編成し始めました。
大切な人との時間は、その人と同じくらい大切に過ごしましょう。
ありがとうございました。