第9話 異世界1日目の夜
素材屋を出た俺たちは、強張った表情で顔を見合わせた。
「素材屋……恐ろしい場所だ。あの最後の一言はかなり効いたよ……」
「だろ? 私は家の関係で昔からあそこの女店主のこと知ってんだか、小さい頃からずっと苦手だ。……裏でなにをしてるかわかったもんじゃない」
「あれ? でも、ドロップアイテムとか売れる場所ってギルドとMCS? と、ここしかないんだろう? ……本当にいろんな意味で大丈夫なのか、この都市……」
俺は遠い目で虚空を見つめた。
ケーリィは見た目は派手な気のいい赤毛の似合う姐さんという感じだった。……まあ、よく見れば腕とかにタトゥみたいなものが入っていた……ようにも思えるが。
店内は少し薄暗いが、そこまでおかしな店のようには思えなかった。
あけれど、今更ながらなんだか危険な気配がひしひしと伝わってくる。
普通にめちゃくちゃ怖い。
「あの人――ケーリィは、元はMCSでドロップアイテム鑑定士をしていたんだ。それが数年前に独立して、素材屋を開業したってわけだ」
「そうなのか。……他にはケーリィと同じように独立しようと考えてる奴とかはいないのか? そういう人間が出てきてもおかしくはないと思うけど」
日本でも、成功した人間のあとには二人目三人目と同じようなことをするものが出てくるのだ。
それなのに、この中央都市にはドロップアイテムを買い取ってもらえるのは三箇所しかないのはどうしてなのだろうか?
他の人間はどうして同じことをしようとしないのか。
俺は疑問のこもった目でクリスに視線を向けた。
「ああ、それは簡単だよ。――許可が下りないんだ」
「――許可が下りない?」
一体どういうことだ?
そんなにドロップアイテム鑑定士業界とやらは厳しい世界なのだろうか。
「……まあ、その辺りは今知る必要がないことだ。余計なことを知って混乱するだけだと思うしな」
「…………それは」
「お前、そんなことよりも次に行きたいところとかはもうないのか?」
「え、ああ……」
俺は生返事をする。
話を打ち切られた感は否めない。
だが、クリスが話そうとしないことをわざわざ問い詰めたりするのもアレだろう。
知りたがりは身を滅ぼすってよく言うし、面倒ごとにはあまり首を突っ込まない方向でいきたい。
まだ煮え切らないモヤモヤは胸につっかえているが。
俺はこの話はとりあえず頭の片隅に置いておくことにし、次に向かいたい場所を考える。
ギルド……は、明日にするつもりだし、武器や防具なんかも明日でいい。
とりあえず生活周りのものが必要かもしれない。
……とは言っても、所詮根無し草の俺が持ち歩ける量とかは限られている。
ああ、異世界にくるならアイテムボックス的なやつとか欲しかったぜ!
こう何もないところから物を出し入れするみたいな魔法的力、すげえ憧れるし。
……まあ、そんなのは所詮夢の中の夢だわな。
俺は別に異世界チートしたいわけじゃないし、むしろ田舎とかでほっこりと地球では会うことのできないモンスターとモフモフ過ごせたらいいなとか考えてるわけで。
テイマーになろうと思ってるのも、安定した生活基盤を築くために金を稼ぎつつ、運命のモンスターを探すという打算的な目的があるあってのことだ。
……もちろん、ミーコは運命のモンスターのうちの1匹だぞ!
「あー、あとは生活用品とか…………今日の宿だな」
「そうか。それならまず生活用品の店にいこう。……なるべく安いものがいいよな?」
「ああ。……ってかクリスって貴族なのに異様にそういうのは詳しいよな? 普通、そういうやつって安い店とか知らないもんじゃないか」
歩きながら話していたクリスの足がぱたりと止まる。
「いや実は……俺の家のしきたりで16を過ぎたその日から、一人でテイマーとしてやっていかなければならないんだ。それで一人前のテイマーとして認められたその瞬間、正式なアボット家の一人の男として認められることになる」
「ま、待ってくれ……」
「……ん? なんだ、パーカー」
今、耳を疑うような言葉が飛び出したような。
「16歳を過ぎたその日って言ったよな?」
「ああ」
クリスは不思議そうに首を縦に振る。
俺は恐る恐る疑問を口にした。
「お前……何年間か何処かでテイマーになるべく修行でも積んでたのか?」
「いいや。半年前、16になったその日にテイマー認定を受けに行ったよ。その前だと年齢制限に引っかかるしな。成人じゃなければテイマーとして認めてもらうことはできない」
…………。
「なあ、一つ質問していいか?」
「なんだ?」
「お前、年いくつ?」
「私の年か?――――16歳だが」
その瞬間、俺は衝撃の事実に白目を剥きそうになった。
じ、じゅ、じゅうろく!?!?
あ、ありえねえ……! どうみても二十歳超えてるようにしか見えないだろ!?
「お、お前……16歳だったのか」
俺よりも5つは年下じゃないか……という言葉は飲み込む。
同年代だと思っていた人間が実はこんなにも年下で。
少年……いや見た目的にはすでに青年のやつに助けられ、俺はここにくるまでお世話され続けていた。
……なんだか凄く居た堪れない…………。
弟よりも、若いんだぜ?
俺が身を小さくしているが、クリスは今いち俺の動揺に気がつけていない様子だった。
たしかに初めて会ったあの森で、俺がクリスの様子を巨木の陰でみていたとき。
たしかにあの騙されやすさは、思春期前後のまだ純粋な年頃の少年らしさを感じさせる。
「そういえば、パーカーの年聞いてなかったな。俺と同じくらいに見えるけどいくつだ?」
何気ない無邪気な質問に俺の表情は固まる。
やはり、クリスも俺のことを同年代だと思っていたのだ。
一瞬嘘をつきたくもなったが、誤魔化してもいつかはバレるかもしれない。
ただでさえ異世界からやってきたなんてことを隠しているのに、これ以上嘘や秘密を抱えていたらどこかで綻びが出てしまうかもしれなのだ。
俺はプライドを投げ捨て、真実を口にする事にした。……くっ、心にヒビが入る音が聞こえる。
「21」
「……え? 今なんて?」
「俺は21歳だ」
「…………」
クリスは黙ったまま、まるで「嘘つくなよ」と言いたげな面持ちで俺に生暖かい視線を寄越した。
……そんな目で見られても、う、う、嘘じゃないんだ!
俺は心の血涙を流す。
菩薩のように悟った俺の表情は、先程から一ミリも動いていない。
その様子を見てようやく俺が嘘をついていないのだと理解したらしきクリスは、ゆっくりと視線を逸らした。
「……なんか、すまん」
「謝るな。……俺ってそんなに幼く見える?」
クリスは眉をしかめ、じっと俺を見つめる。
な、なんだよ!
イケメンがそんな顔で見つめるな! 照れるだろうが!
……などという脳内乙女茶番を繰り広げていた俺。
――そして、クリスによる判決(?)が下った。
「……ああ。お前のその容姿だと、恐らくギリ成人くらいに勘違いされるはずだ」
「……そう、か」
成人はたしか16だよな。
……まあ、この世界の人はクリスにしろケーリィにしろ、その辺の通行人Bにしろ(辛辣なのは俺の心がギザギザハートだからだ)彫りの深い顔立ちしてるやつが多いもんな。
俺は遠い目をする。
「まあ、気にするな。若く見られた方が、色々と融通してもらえることも多い。……まあ、舐められることもあるだろうが……」
歯に衣も着せぬクリスの物言いで、俺のギザギザハートはボロボロハートになった。
……もう少し、お世辞ってもんを身につけような、クリス……。
◯
そんなくたびれた俺は、クリスに案内された夕刻の商店街で必要なものを最低限必要そうなものを購入した。
場所は素材屋と同じ商店街地区だ。
服飾店らしき店で購入したものは着替えの服や、荷物を入れるためのバッグだ。
着替えとして購入したあまり着心地の良さそうではないくすんだ感じの麻のシャツとズボン。
それをとりあえず2セット分購入する。
1セットで2,300ルブだったため、合計4,600ルブだ。
……正直パーカーのほうが着心地もいいが、目立ちそうなのでこれからはこっちを着ることにしようと思う。
そしてバッグの方は、同じく麻製だが意外と丈夫な作りのショルダーバッグを購入した。
大きさはサッカーボールが3つくらい入りそうな程で、無理やり詰め込めば4つはいけそうか?
これは2,000ルブという値段だった。
出費の合計は6,600ということで金貨と銅貨を渡し、銀貨の釣銭をもらった。
残りは15,300ルブ。
まだまだ大丈夫そうだが、安心はできない。
なにせここは異世界なのだから、何が起こるか分からない。
非常事態を想定して動くべきだろう。
商店街地区でその他細々としたものも購入した。
ほとんど日本円と変わらない値段ばかりだが、品質は地球よりも数段落ちる。
クリスと話しながら店を周り、さらに商店街の人たちからも雑談を通して情報収集をした。
途中、クリスから今夜泊まる宿屋について話を聞こうとしたが、生憎と彼はその他の情報は持ち合わせていなかった。
どうやら実家以外にも自分の家があるらしい。
まあ、この都市出身ならば宿屋に泊まることはほぼないだろうから仕方ない。
住む場所のことについて尋ねると、どうやらテイマーは宿屋暮らしの人間の方が稀なのだそう。
テイムドたちと暮らすには、手狭な部屋や周りに迷惑をかけてしまうような場所はご法度らしい。
基本、金が溜まったテイマーは『テイマー地区』と呼ばれる都市の北にある住宅街に家を借りる、または購入するということだ。
あと、もうひとつ大事なこと。
この世界……いや都市にはちゃんとした風呂場というものはないらしい。
皆、布巾で体を拭くか水浴びをするのだという。
……俺、結構お風呂好きなんだぜ!
こう見えて、結構綺麗好きな方で。
……だいぶショックだった。
大方必要なものを購入した頃にはすでに日は完全に落ちていた。
「すまないな! こんな長い時間までつきあってもらって。本当にありがとう、クリス」
「いいんだ。私も商店街地区を久し振りに回ることができたからな。……明日はまた仕事があってギルドに付き合ってやることはできないが、また会ったらよろしく頼む」
俺は頷く。
クリスは明日、朝から用事があるということでもう帰らなければいけないらしい。
そして俺たちはそのまま挨拶を交わして別れた。
俺はそのまま宿屋が集まっているという商店街の南の方へと足を向けた。
『垂れ耳ラピット亭』
服を購入した店のおっちゃんお勧めの宿屋だ。
なんせ大層飯が美味く、比較的清潔な場所で店の女将もいい人だという。
俺は垂れ耳のうさぎの看板が掲げられている建物の前で足を止めた。
そして古い木製の扉を開ける。
「あら! いらっしゃい! ……ようこそ、『垂れ耳ラピット亭』へ」
「あ、こんばんは。あのー、今日泊まることってできますか?」
店の女将らしき恰幅のいい女性に告げる。
ニコニコと温かい笑顔を向けられ、たしかにいい人そうだなと感じた。
「ええ!大丈夫ですよ。一泊銀貨2枚で、朝と夜のお食事ありならプラス銀貨1枚いただきますが……どうなさいますか?」
「えっと……じゃあ、食事ありでお願いします」
銀貨2枚と聞き、意外と良心的な値段なのだろうかと思った。
二食ついてプラス銀貨1枚というのも適正価格のようだし。
「何泊ご宿泊の予定ですか? もちろん、一日ずつ延長していただいても構いませんが、三日以上連泊のお客さんには食事代はサービスとしてタダにさせてもらってます」
「そうなんですね……えっと、それではとりあえず3泊でお願いします」
そういうと女の人は「ありがとうございます」と穏やかな笑顔で礼をした。
「私、この『垂れ耳ラピット亭』の女将をしていますので、何かありましたら自由に呼んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「あ、でも……夜這いは受け付けていませんからね!」
女将さんは爽やかにからからと笑った。
どうやら冗談がお好きのようだ……女将さんに夜這いをしかけたら、むしろ返り討ちに遭いそうな未来しか見えない。
……というより、仕掛ける気もさらさらないがな!
「それじゃあお客さん、先にお部屋に案内致しますね。……っとその前に、そこにお手洗いがあるので自由に使ってください」
「あ、はい。ご親切にどうもありがとうございます」
俺は銀貨6枚――3泊分の6,000ルブを払うと、女の人の後を追った。
「こちらです」
俺たちは階段を登り、一番右奥の部屋の前までたどり着く。
案内された部屋は、温かみのある木の木目をそのまま利用した部屋だった。
少し古いが、丁寧に掃除されていることが一目でわかり、清潔さを感じさせる。
「食事は基本、決められた時間内に取るか、取りたい時間を教えてくださいね。今日はどうなさいますか?」
「はい。決められた時間内で大丈夫です」
「それなら、今から半刻くらいしてから一階の入り口から見て左手奥にある扉まで来てくださいね。そこが食堂ですから」
「左手奥ですね。わかりました!」
「お時間を過ぎてしまったら、泊まっている部屋の扉のそばに置いておきますけど、冷めてしまってるから美味しさは半減ですからね!そこはよろしくお願いしますよ」
そう言い残し、女将さんは背を向けて去っていった。
俺は部屋へと入り、ばたりとベッドへと倒れこむ。
日本にある自分の家のものに比べて硬いが、十分許容範囲だ。
ああ、今日は色々あったなぁ。異世界にきて、モンスターを狩って、買い物をして、色んな人に出会って。
俺は体を起こし、先程購入した麻製のバッグからカードを取り出した。
「にゃーおっ!」
ミーコのカードを生体化し、もふもふとする。
これって本当に癒されるな……。
ミーコも満更じゃないようだし、一石二鳥ってね!
俺はふと思い立ち、ステータスボードを開く。
そういえば、モンスターを倒してからレベルアップしたのかどうか確かめていなかった。
ミーコのステータスを見ると、『Lv.4』と書かれていた。
元は『Lv.3』だったため、多少上がったようだ。
俺は目を瞑り、もう一度ベッドに大の字になって倒れる。
だらしない格好でミーコをもふもふして癒されていると、既に予定の半刻まであと少しだった。
俺は体を起こしてミーコに大人しく待っているようにと頭を一撫でし、宿の自室を出た。
…………異世界にきてから初めての飯!(※あの珪藻土のバスマットみたいな固形食は除く)結構美味かったぜ!