第8話 素材屋に行ってみた
俺とクリスは『素材屋』と呼ばれる店までの道を歩く。
どうやらその『素材屋』は、セントラルバーンの中心から少し東に外れた商店街地区の一角に店を構えているらしい。
俺たちは歩きながら、今から行く『素材屋』についての話をしていた。
「えーっと、クリス。その、素材屋なんだけど……モンスターのドロップアイテムとか買い取ってるのか?」
「ああ、そうだな。ドロップアイテムといっても様々ある。お前はどんなものが魔物からドロップされるのか知ってる方? ……そのバトルアックス以外で」
「さっき検問所で足止め食らってるとき、フート草原でモンスターを狩ったんだが……そんときは羊の角や毛、あとはスライムの核っぽいのとウサギの前歯をゲットしたぞ」
俺が誇らしげに胸を張りながら述べると、クリスは目をパチパチと瞬かせた。
どうやらなにか、驚いているように見える。
「……ん? どうした」
「どうしたって……やっぱお前、本当は相当の実力者なんじゃないか?」
「え……そんなわけでないだろ? だって俺、テイマー認定も受けてないただの田舎者の一般人だぞ?」
「あのな……普通、田舎者の一般人かたった半刻くらいでそんなにモンスターを狩れるわけないだろうが」
クリスはだいぶ呆れたような声色でそう告げる。
俺はその言葉を聞き、心臓が止まるかと思った。
じんわりと冷や汗をかきはじめる。
え? まじで。
あのモンスターって1匹1匹そんなに強いやつだったのか?……いや、でも森からでた帰り道、フート草原にいるモンスターは比較的温厚で初心者向けだって言ってたよな。だから大丈夫だと安心して、狩りまくったんだが。
「えっと……つまり、どういうことだ?」
「あの草原は、テイマー初級の人間が自分のテイムドのレベルを上げるためによく戦っているって話はしたよな」
「あ、ああ」
「だが、たしかにそう強いとは言えないが、倒すのにはそれなりに時間がかかるものだぞ。例えばあの羊系モンスター、スリープゴート。あれは近づいて10秒ほど経つと眠りのデバフをかけてくる」
そ、そうだったのか……俺、全然気づかなかった。
あのままグーパンせず、チンタラしてたら結構やばかったんじゃないか。
内心焦りながら「へー」といった。
平然としているよアピールをするために、表情は変えない。
……べ、べつに怖いわけじゃないんだからな。……嘘です、ごめんなさい。めっちゃびびってます。
そんな俺の内心はいざ知らず、クリスは続けた。
「完全に眠ってしまうわけじゃないから死ぬことはない。だが、眠気を帯びた状態だと思考が低下してくるだろ?」
「そ、そりゃ……なあ」
クリスの言葉にバレないよう少しだけ安堵の息を漏らす。
命を失うような致命的なものではなかったらしい。
よかった、よかった。
……だけれど、もし次出会ったモンスターが一撃必殺の技を持っていたら……。エイティ戦のとき、そういう状況に陥っていたら……。
そう考えると途端に怖くなった。
やっぱ、情報は大事かもしれない。
……鑑定スキルとかないかな?
クリスは俺に向けていた視線を背け、前を向く。
「ラピットもそうだ。あのモンスターは比較的足が速く、まず捕まえることが大変だ。すぐ逃げてしまうからなあ。……まあ、スライムだけは攻撃もしてこないし弱点の中心の核を狙えばいいだけだが」
「スライム……あれに攻撃するのは簡単だったけど、正直二度とやりたくないな。……ネバネバするし、めっちゃ臭いし。なんか生ゴミみたいな匂いするし」
「それには私も激しく同意する」
正直、モンスターの中で倒すのに一番苦労したのはスライムだった。
いざ倒そうと1メートル以内に近づくと、激しい臭さで俺はのたうち回った。
本当は倒すのを諦めようかと思ったが、ミーコの見ている前でそんな弱気な姿を見せることは出来なかったのだ!
まあ……その当人であるミーコは戦闘に参加していなかったが。
まるでプールサイドで水泳の授業を見学している女子(※プールに入りたくないため嘘をついている人限定)のような錯覚を覚えた。……何故だろう。
「スライムのスキルってなにか知ってるか?」
「いや……なに? ってかなに。スライムってスキル持ってたんだな」
「ああ。あれは《悪臭》のスキル持ちらしい」
「へ、へぇ」
俺は思わず引きつり笑いを浮かべた。
そんな中、どうやら目的の場所――素材屋についたらしい。
「ここだ」
クリスの言葉に俺は視線を上げる。
木製の扉に『Open』と吊るされた板がかけられており、見上げるとでかでかと『素材屋』と描かれた看板があった。
……てか、この世界には英語もちゃんとあるんだな。
勝手に翻訳されているのか、はたまた俺の目がおかしいのか。
まあ、読めるならどちらでも構わないか。
持ち前の適当さで浮かんだ疑問を流す。
うじうじと悩んでいても面倒なだけだと思ったからだ。
「それじゃ、入るか。……お前、先入れ」
「……え? どうして?」
「どうしてもだ」
クリスはなんだか様子がおかしい。
少しだけ顔が引きつっており、体も強張っているようにもみえる。
おい、肩、震えてんぞ。
疑問を抱えつつ、木製の扉を開けた。
チリンチリンと懐かしい音がする。
「……鈴の音?」
聞こえないほどの小さな独り言わ呟き、店へと足を踏み入れる。
「えーっと……失礼しまーす」
「……お邪魔します」
間延びした俺の声とは対照的に、クリスはやはり少し緊張気味だ。
その様子に「どうしたんだ」と問いかけようと思ったそのとき。
「ああ、客か。とっととこっちへ来な」
聞きなじみの良いハスキーボイスが耳に届く。
それは明らかに女のもので、どうやらここ店の店員は女性らしいということを悟った。
声の主に視線を向けながら、そちらへとゆっくり足を運ぶ。
彼女の赤毛はパンクを思わせるようなショートカットで、いかにも姐さんと呼びたくなるような風貌をしていた。
……美人でスレンダーなスタイルがとてもよく似合っている!
俺たちと彼女を遮る机の前まできて、足を止めた。
俺は恐る恐る話しかける。
「あのー、今日初めてで。モンスターのドロップアイテムを買い取ってもらいたいんですが」
「それじゃ、見せてみな……ってその後ろにいるのはクリスの坊やじゃないか?」
女店員はクリスに視線を向ける。
当のクリス自身は何故か引きつった顔だった。
なんというか、この女の人からはSっ気をひしひしと感じる。
これは……もしかしてクリス、この女性が苦手なのか?
……ってなんだ? クリスの坊や? この女の人とクリスって、そんなに年が離れているようには見えないけど……。
「……ご無沙汰しています」
「本当にご無沙汰だねぇ。前、この店に来たなっていつくらいだったっけ?」
「……覚えてません」
「あー、そうだ多分二ヶ月くらい前だ。あんときはどうしてもここで売ってる麻痺緩和の薬が必要で、渋々来てたよねぇ。思い出した」
けして視線を合わせず、消えそうな声で答えるクリス。
それとは対照的に楽しそうに……まるでいじめっ子のような表情で話す女店員。
そのちぐはぐさに俺は置いてけぼりになる。
「……それであのときにさぁ……」
「あのー、会話中に割って入ってしまってすみません」
「あっ……ああ! すっかり忘れてたよ。ごめんごめん。あんた、クリスの坊やと友達?」
「えっと……友達になりたいとは思っていますが、今日初めてあったばかりなんですよね。あはは」
友達かと聞かれて違う! と答えるのもどうかと思い、俺は曖昧に告げる。
むしろクリスとは友達になって多くの情報を流してもらいたいという思惑もあるのだが、難しいところだ。
「――いや、友達だ」
断言するかのように当のクリスはきっぱりと言い切った。
「……クリスの坊やはそう言ってるけど?」
俺はなんだか背中がむず痒くなった。
……今日会ったばかりなのに、やっぱクリスってめちゃんこいい奴じゃないか!
俺は心の中で嬉し涙をこぼした。
「……友達です! その……店員さんは、クリスと親しいようですが、知り合いなんですか?」
「店員さん?」
何を言っているのかわからないといったような表情をした女は、次の瞬間小さく笑う。
「ああ! あたしをここの店員だと思ったんだね。違うよ、あたしはここのオーナー兼店長さね」
「……え」
「……とはいっても、ここで働いてるのはあたしの他に弟分のひとりしかいないんだけどな!」
そう言って女店員……もといオーナーはがはがはと豪快に笑った。
女らしくはないけど、ひどくさっぱりした性格のように感じる。
「あたしの名前はケーリィ。よろしくな、クリス坊やのお友達!」
「は、はい。お、俺の名前はパーカーです。田舎者で常識知らずなので、そこんとこどうかよろしくお願いします」
「パーカー? はは、なんかヘンテコな名前だな!」
ケーリィは眉を上げながら俺の肩を叩き、「まあよろしくな」と言った。
……ヘンテコな名前とは、はっきりいうな。まあ、俺もそう思ってるけどな!
「こちらこそよろしく」
俺が苦笑いをこぼしながら告げると、ケーリィは机の上をコンコンと爪で叩いた。
「それじゃあパーカー。早速だけど、ここに持ってきた素材とか出しな。鑑定してから買い取るよ」
「は、はい。お願いします。あ……このドロップアイテムのバトルアックスも買い取ってもらえますか?」
「ああ、いいよ。ここに置きな」
俺はダルさんから貰った袋の中から素材を取り出す。
そして、さらに持っていたバトルアックスも机に置く。
大きい机だったため、余裕で置くことができた。
「この量なら時間はさほどかからないから、少し待ってな」
「はい」
そう告げたケーリィは素材を一つ一つ手にとって確かめている。
そして最後にバトルアックスを手に取り――なんと、一振りした!
……は、はあ? あこ、この人どれだけ力あるんだよ。
ぎょっとしたことはどうやら悟られていないようだ。
けれど、俺の後ろで「……ひっ」と情けない悲鳴を上げるクリスの声が聞こえる。
……うん、これは記憶の片隅にでも置いておく事にしよう。
「鑑定終わったよ。……全部で21,900ルブだ」
「え、あ、はい」
ルブ?
そういえば俺、金についての細かい話はしてなかったな。
そのルブってのが日本でいう円みたいな単位なのか?
俺は後ろに立つクリスに視線を向けた。
クリスは俺の耳元で小さく囁く。
「結構高値がついたね。これなら数日の間は金の心配をしないで暮らせると思うぞ。とりあえず、内約を教えてもらえ」
俺はクリスの言う通り、ケーリィに品物各々の買い取り価格を教えてもらった。
スリープゴートのツノは650ルブ、毛は600ルブ。
スライムの核は100ルブで、ラピットの前歯は550ルブ。
そしてなんと……バトルアックスは20,000ルブというなの価値がついたらしい!
まあ、あんなに重いし、思いの外遭遇率低めだとクリスが言ってたしな。
でも……さすがエイティ様だ!
俺は金貨や銀貨など様々なお金を渡された。
だが、どれがどのくらいの価値があるのかなど全くわからない。
困惑顔で金を眺めていると、ケーリィは何かに気がついたかのような面持ちをし、口を開いた。
「もしかしてあんた……ヤミノ通貨初めてもらったのかい?」
「え……ど、どうして」
「さっき田舎出身で常識知らずだと言ってだろ?それに、そんなおどおどしてたんじゃ見りゃわかるよ」
図星を突かれた俺は、曖昧な笑みをこぼした。
どうやらお金のことを知らないことを怪しまれた様子はない。
田舎には金という概念がないというのは、この都市の人間たちの間では共通認識なのだろうか?
「……クリス坊や。パーカーに教えてやったらどうだ?友達、だろう?」
ケーリィは面白そうな様子でクリスを挑発した。
一体なぜ、クリスをからかおうとするのだろうか。
益々嫌われそうなものなのに、ケーリィはそれを楽しんでいる節が見うけられる。
俺の後ろで相変わらずほぼ黙ったままのクリスは一瞬ケーリィにしかめ面を向けたあと、俺に通貨の仕組みを教えてくれた。
どうやらこの国のお金は白金貨、金貨、銀貨、銅貨の4種類が主らしい。
銅貨1枚で100ルブ。
銀貨1枚で1,000ルブ。
金貨1枚で10,000ルブ。
ここまでが都市でも使えるお金だ。
それぞれの価値はなんと、日本円にとてつもなく近い。
一般大衆の飯屋で一食食べると、銅貨5枚から銀貨1枚ほどかかるのだという。……日本円だと500円から1000円でところだな。
白金貨と呼ばれる、1枚100,000ルブの金はほとんど市中に出回っていない。
大きな商売をしている人間や貴族王族などの金持ちの間で使われているものらしい。
ちなみに100ルブ未満の金は、基本切り捨てられることが多いという。
……それも商売する店によって異なることもあるらしいが。
今日俺がもらったお金は金貨2枚に銀貨1枚、銅貨。――計21,900ルブだ。
俺がそれを素材の入っていた袋に入れていると、机の向こうから声をかけられる。
「ぜひ、うちの常連になってね。あ、金に困ったら相談しな。うちではモンスターの素材の他にも人間の臓器なんかも取り扱ってるからね」
「……は、い?」
「ははっ。……高値で買い取るよ……」
ケーリィはにやりと意味深な笑みを浮かべ、俺とクリスを見つめる。
なぜかぞわりと肌が泡立った。
クリスの顔なんかは完全に青ざめている。
おそらくケーリィはからかうために言ったのだろうが、その目はどこか真実を告げてるように見えた。
こ、こえぇ。この人、あれか? サイコパスってやつか!?
内心引きまくっていると、チリンチリンと鈴の音がする。
……どうやら別の客が来たようだ。
俺たちは礼を述べ、そのまま外に出た。
……クリスがケーリィを苦手な理由、わかった気がする。
あの一言で人が分かった。
素材屋のオーナー、ケーリィは危険人物認定だ。
今度、ここに売りに来るときは充分に気をつけなければ! ……俺はまだ、臓器を奪われたくはないぞ。
俺は外に出て、体をぶるりと震わせた。
クレイジーな女性登場!ヒロインではないです。
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