顧客調査
初めて宣伝も何もしていないのにブックマークがついてびびりました。ジャンルの力ですかね。
フィーの寒気を覚える程の優秀さにすっかり意識の外へやられていた『落とし子』へと心を戻す。とは言ってもそれはこの個人情報とはなんぞやと思いたくなる調査書にまた向き合わねばならないということだが。
一つため息をついて目を通す。やはり彼女は優秀なようで、成人男性のスリーサイズといった恐怖を覚えるような情報(だが時にはこんなことも必要になるから一概には侮れない)は多々あれど、重要なことは簡潔に分かりやすくまとまっていた。
「見ろジョン。これが報告書の手本だ。覚えておけ。」
「この変態的な情報のまとまりがですか?」
確かにそうだが、この1枚で大体のことがわかる。
「これだけ読めば大体奴がどんな奴で何を求めているかわかるだろ?」
彼は文字を読み上げる。1枚目には大体こんなことが書いてあった。
タカシ・ヤマダ26歳。男。神の落とし子の異名を持ち、筋力も人並みで魔力もないが、その直接操作が可能。
「ま、魔力の直接操作!?てことは砂から金が作れるんですかコイツ?」
「それどころか修練を積みさえすれば理論上は時空も思うままだな。正に神の落とし子。」
エンダーシアより高度に発達した文明の出身らしく、連射可能な銃を制作・所持。馬が無くとも走る四輪馬車に乗り移動。現在エルフ、犬人、ランク赤の僧侶との4人パーティー。なお先の3名は皆女である。そしてそこに書かれていた似顔絵はタイプこそ違えど三者三様の美しさをたたえていた。
「ちっ。ドラゴンの糞の中に落ちればいいのに。」
俺は憐れみの目だけ向けた。彼は音読を続ける。
彼らは復活せし魔族の王を倒さんと旅をし、行く先々で各地にその優れた頭脳と能力の恩恵を与え、巨万の富と名声を得ている。
「ボス。」
「なんだジョン。」
「世の中って理不尽ですね。」
「そうだな。」
たった1枚の紙切れを読んだだけで脱け殻となった不甲斐ない男を横目に俺は報告書の2枚目に手を着けたのだった。
「こいつ、なんでもありですね。」
「そうだな。」
「しかし、そんな奴が一介の市長の単なる王族用の接待で喜ぶのでしょうか?」
俺は少し間を開けて答えた。
「そんな筈がないから調査して嗜好を割り出すんだろ?」
「でも魔力の直接操作ができるなら、なんでも作れますし、なんでも出来ますよね。それこそ、思うままに。」
こんな時ばかり頭の回りが鋭い部下は、相槌すら待たずに言葉を紡ぐ。
「確かに、フィーの調査書は手本になる出来です。阿呆な俺にもわかりました。奴はどんな奴なのか。」
「そして奴が何も欲していないことも。」
「落とし子の力は神にも等しく、それこそ我々の想像の範疇を越えています。望めば全てが手に入る。そんな奴に、我々は一体何ができるのですか?実際、奴は市長に興味すら示さない。」
俺は、何も答えなかった。長い長い時間が経った。
「ボス。」
「なんだ。」
「泣かないでください。」
「泣いてない。」
残っていたカント茶を飲んだが、どうやら砂糖と塩を間違えていたらしい。せっかくの茶葉が台無しだった。
すいません。不躾でした。大丈夫です。ボスならきっと出来ますよ。珍しく優しい部下の言葉がますます茶を駄目にした。
そして、暫くしてやる気を取り戻した俺が調査書を読み終えた途端、全ては始まったのだ。まるで神が俺の戦支度を待っていたかの様に。
「『オーナー』!」
「どうしたピーター。」
「『ラッキーマン』がカジノに現れました!!」
夕日に照らされた影が、長く長く伸びていた。
次回、勇者視点という名の舞台説明回。