2日目・部下その2
飽きるまで2000字程度の話を隔日投稿していこうと思う
今日も朝日に照らされるダーダリアンが綺麗だ。俺は上機嫌でカント茶をすすった。どんな気候だろうが、朝は温かい茶に限る。それにしてもこの一杯は最高の出来だ。取り寄せたばかりで葉が新鮮だからだろうか。
「涙目ですよボス。」
「泣いてないぞジョン。」
開口一番妄言を吐いた部下を睨むと、彼は肩をすくめた。
「ところで、昨日の宿題なんですが。」
「そんなもの出したか?」
「ほら、どうしてあの異界人に王族用のシフトを組むのかって話です。」
ああ、あれか。ひとりごちる俺を余所に彼が言う。
「昨日は理解出来ませんでしたが、一晩考えたらなんとなくわかりました。」
「いいことだな。言ってみろ。」
ジョンは続けた。
「奴が我々の想像を超える人間だからですね?」
「それだと抽象的すぎる。もっと具体的に言語化しろ。」
もちろんですとも。そう笑う。
「ボスは彼自身の特異性ではなく、彼を取り巻いていた環境の特異性に目をつけていました。よくボスが口にしていらっしゃる様に、顧客は身分・年齢・性別・出生によってその嗜好が大まかに分かれます。ボスは基本そのパターンによって接待の方法を決めてらっしゃる。そうですね?」
頷いて次を促す。
「しかし、今回の異界人は特殊です。この世界の民でボスの接待を受けられるレベルの人物ならこの4つの情報が容易く手に入りますが、まだ日が浅い人間だとそうはいかない。異界の民であるからどんなもてなしが奴にとっての『普通』なのか私達には分からない。事前情報がない場合、私達が取ることの出来る手段は一つです。」
「そのたった一つ、私達の考えうる限り最上のもてなしをすることが、唯一にして現在の最適解なのですね?」
俺は笑った。我が弟子はちゃんと物事を考えられる人間らしい。
「正解だ。ちなみに、ジョンが何故『昨日』その答えに辿り着けなかったか、その理由が分かるか?」
「彼の身分と権威のみを注視し、ダーダリアンの精神をないがしろにしておりました。申し訳ございません。」
「そこまで考えが及んだなら合格だ。これからは忘れるなよ。」
目線をやった市長室の扉の上には、偉大なる娯楽家にして我らが始祖、ダーダリアンの人物画と彼女の遺した言葉が飾ってある。
『皆の楽しい人生をグットよりもグッターに!』
グッドよりもグッターに。いい人生をよりよく送らせる。それが我らダーダリアンの民の使命なのである。
「それにしても、なんですかねグッドよりもグッターって。より幸せに、とかじゃダメなんでしょうか。」
「知らん。ただこれがダーダリアン様の言葉で、我らの精神だということが重要なのだ。そこに回す頭があるなら実践をしろ。」
そういえば、と部下がなにかを思い出した顔をする。
「今日も異界人の奴を待つんですか?」
「ああ。待つっちゃ待つが、今日は志向を変える。フィーを呼べ。」
「お呼びでしょうかボス。」
刹那、黒い影が天井裏から落ちてくる。格好いいとは思うが普通にびっくりするからやめて欲しい。
「暗殺ですか?強盗ですか?」
一言目から物騒な部下その2。フィーである。
「俺が一度でもそれを頼んだことがあったか?」
「では密偵ですね。」
「ああ。」
彼女には基本、街とその外の市場と需要調査を行ってもらっている。
「ではこちらを。」
まだ用件を言ってもいないのに出されたのは分厚い紙束。30枚程だろうか。
「奴の調査結果です。お納めください。」
表紙にはかの大賢者とまで呼ばれた男、ヤマダ・タカシの似顔絵と年齢や筋力やら魔力やらの大まかなステータス予測からスリーサイズまで記してある。
1枚めくると、奴の昨日ダーダリアンでとった行動が分刻みで事細かに載っている。
「ご希望に添えましたでしょうか?」
なにこいつ。怖い。
「うっわー。なんですかこれ。怖っ。」
ジョンを無視して有能な方の部下はそう言った。しかしどうやら今日ばかりは彼と意見が合うらしい。俺は口が裂けても言えないが。
「ボスは情報の欠如を嫌います故、予め用意しておきました。」
むっふーんと得意そうにする彼女と怨執すら感じさせる報告書を見比べて、漸く声を絞り出す。
「あ、ああ。た、助かった。」
彼女は真面目で有能だが、少しやりすぎるきらいがある。痒いところに手はすぐに届くが、背中を掻くのに金鑢はやり過ぎでは?となるのがフィーなのだ。
「今日のはもう少し簡単でいいからな。」
そう声をかけるも、彼女は既に消えていた。天井から声がする。
「了解しました。私は任務に戻りますので。」
沈黙。
「なあジョン。」
「なんですかボス。」
市長室の天井に隠し扉はなく、部屋はネートレルの上等な巨木で覆ってある。つまり天井は巨大な1枚板なのである。
「フィーって、なんで俺の下にいるんだろうな。」
部下その1は答えた。
「さあ?」
やっぱつまんねえなこれ