真海 〜孤空の旅人〜
親友も、弟も、両親も、おじさんも失った。私には頼れる人が居なくなった。瞬君達や由香ちゃんも居るが、私を姉みたいに頼りにしている。
あの時からずっと、心の中では孤独だった。世の中という海を渡る一隻の舟、そこに私は一人で座っていた。
フランス行きを決意したのはそんな事を考えていた頃だった。一人お金を貯めて留学で一度行った所、あそこで今度は暮らそうと思っていたのだ。
行く宛も何も無かった。築二百年はあるであろう、小さな小さなアパートで暮らしていた。
お金を貯めて、絵を描いて、そんな日々をずっと繰り返していた。そんな時、私の絵がある人の目に止まって、町の小さな絵画店で売る事になった。そこは観光客は少ないものの、小さな美術館のようで、絵を買うお客さんも多かった。
私の絵に目を止めたのはミシェル•フースォアという若い青年だった。美術館で働いていて、絵に関する知識においては私を上回るくらいある。
彼は私を見るとこんな事を言った。
「これは…、日本の絵かい?」
それは、山から見た志手山町の絵だった。
「私の故郷を描いたんだ。」
「やっぱり…フランスに居るから日本が恋しいのか?」
「うん…、だけどもうこの町は無いから…。」
私がフランスに行った後、しばらく経ってから志手山町が滅んだというのを風の噂で知った。
「そっか…、いい町だね」
それから、ミシェルは私の絵を色々見て回った。
「もっと見たいな、また描かないのか?」
「描きかけのやつを完成させてからかな、」
ミシェルはしばらく絵を見つめてからこんな事を言った。
「なんか…、この絵って強い思いが込められてるんだな、一体なんだろう…」
それから、ミシェルはしょっちゅう私の元を訪れるようになった。どうやら私の絵が気に行ったらしく、新しい絵が完成する度に喜んだり、感想を言ったりしてくれた。
ところが、ある日の事ミシェルは全く顔を見せない日があった。他の友達によると、どうやら彼のおばあさんが死んだらしい。
翌日、彼の家を訪れると、ミシェルはおばあさんの写真を見て悲しんでいた。
私は掛ける言葉が見つからなかった。ずっと人の死というのを目の当たりにしていたせいなのか、感覚が麻痺していたのだろう。私は同情するが、悲しむというのが出来なかった。
そんな中ミシェルは私に気づくと、突然抱き着いて来た。
「真海…、悲しいんだ…どうしたら良いんだろ…」
「私の周囲では色んな人が死んでいったんだ、だから…あなたにどう言えば良いか分からない。」
「……真海は強いんだね」
「えっ?」
突然の事だから驚く事しか出来なかった。
「真海は強いよ、それに色んな人に慕われてるし、自分の道を一人で生きていこうっていう気持ちが強い、だけど!」
「だけど…?」
「だからこそ、といえば良いのかな、僕は真海を守りたいって思ったんだ。人は一人ではとてもじゃないけど生きていけないよ…。」
「ミシェル………。」
「僕はあの時、絵に惚れたんじゃなくて、真海に惚れたんじゃないかな、今はそう思ってるけど…。」
その時、部屋の扉が開いて、中からミシェルの家族が入って来た。
ミシェルは慌てて私から手を離した。
「お母さん…あの、これは、えっと…」
「行っておいで、」
「えっ…」
「一人息子で甘ったれのミシェルがそんな事を言うなんて、驚いてるわ。」
ミシェルは考え込んだ後、私にこう言った。
「真海…、僕と結婚して下さい!」
私は嬉しくて言葉が出なかった。
私が頷くのを見ると、お義母さんは拍手をしていた。
「ミシェル…、それと、お義母さん…、ありがとうございます!」
「向こうの両親には言わなくて良いの?」
「ええ、私には身内が居ないので……」
「そっか…、何かあったらミシェルだけじゃなくて私もたよってよ?私はあなたのお母さんなんだから、」
それから、私とミシェルはアパートで二人暮らした。
しばらく経った後の事、私とミシェルの間に娘が産まれた。名前はエマと言って、ミシェルと同じような金髪と、青い目をしていた。
忙しい私をミシェルはもちろん、お義母さんやお義父さんも助けてくれた。一回仕事で日本に行った時はかなり寂しい思いをさせたとは思うが、私はエマを人一倍可愛がった。
日本に行った時、ある事実が分かった。それはエマの前世が私の親友の伊織だった事だ。
ひょっとして、伊織は私にもう一度会うために生まれ変わったのだろう。
その後、弟である晴人のお葬式の為にエマを連れて志手山に行った時も、何処か懐かしそうにしていた。
そんなエマもあの時の私と同じ年になった。エマには私と同じような苦しみは味わって欲しくない。だが、遅かれ早かれその時は必ずやって来るだろう。
私はこれからも生きていく、この異郷の地で出会った仲を、今は遠く離れた仲間を大切にしながら…この日々を大切にしていく。