Lila Kleid
その二人は、ごく普通の殺し屋稼業を営んでいた。その日、互いが互いに標的になる瞬間までは。彼らが属する業界ではありえない話ではなかっただけに、まさか自分たちが主人公になるとは思いもよらなかったのだろう。
「お前、メリーなのか?」
「そういうあなたはジャック?」
暗がりのなか、ターゲットとして指定された対象を確認した二人は、あろうことかそのプロフィールを詳細に把握している相手であることを認識した。
「はあ~、ヤメだヤメ」
そう言って溜め息をつきながら、手にしたナイフを暗闇に向かって放り投げたジャックは、メリーに歩み寄っていった。
「ちょ、ちょっと近付かないでよ! アンタは私のターゲッ──」
手にした得物をジャックに向けながら後退りしていたメリーの腰を強引に抱きかかえる。その反動と驚いた拍子に振り下ろしたメリーの得物は、ことごとくジャックに叩き落とされた。
「んな! ちょっと! 何してんのよ!」
「どうせオレたちは殺りあったって決着なんてつきやしないんだ」
そう言いながらジャックが回りだす。
「だったらいっそ踊って忘れようじゃないの。今回の件はお互いに水に流そう」
「そんな簡単に言っちゃって、あ~あ~」
メリーに反論の隙を与えないように、ジャックがその長身からは想像もできない身軽さで、彼女を自在に回す。また、自分もメリーの周りをくるくると舞う。
「もう! 話をそらさないでってば!」
「まあまあ落ち着いて。ほら、満月もまるでスポットライトみたい」
雲の切れ間から顔を覗かせた満月は、模様がはっきりと分かるほど輝いていた。それは、ジャックの言うとおり、人通りのない裏路地にいる二人だけを器用に照らし出していた。
「ほら、ね?」
屈んで右手を差し出しながらウィンクをするジャック。まだ、疑り深く睨んでいるメリー。
やがて、路地裏に人の気配を察知した二人は同時に同じ方向に視線を向けた。
まもなく、ジャックとメリーが見た方向から、顔を赤くした恰幅の良い男と筋肉質な男が、宵闇に豪快な笑い声と地面が揺れそうな足音を響かせてやってきた。
「がはははは! やっぱりあの店の酒は美味いなあ!」
「そうだなあ! おかげでカードも勝てたしな!」
気持ちよく酔っていた彼らは物陰に若い男女を見つけて眉をしかめた。
「ん、お前ら! こんなとこでヨロシクやってんじゃねえぞ!」
怒鳴りつけて唾を吐き捨てると、彼らはまた大きな笑い声とともに去って行った。
彼らが去った後も物陰の二人は熱い口づけをかわし続けていた。