Rote Hosen
「あんた、まだタバコ吸ってんの?」
その女性は、秋口の乾いた風に耐え兼ねて、赤いブルゾンを羽織った。
「あ、いいだろ別に」
喫煙を指摘された男性は眉間に皴を寄せながら取り出した煙草に火をつけた。
「私より先に死んだら許さないからね」
「うるせえな、俺は親父とは違うんだ。吸わないならどっか行けよ」
「はいはい。じゃあ一本だけちょうだい」
「結局、姉貴も吸うのかよ。ほら」
ぶっきらぼうに箱とライターを渡しながら、弟である男性は自身がくゆらせている嗜好品の灰をバケツの中に落とした。一方、姉の女性は取り出した煙草を口にくわえたまま、ライターの着火に手間取っていた。
「ああっ、もうっ」
カチカチと火花を散らせては、なかなか点かない安ライターに癇癪を起している姉を見かねた弟が、灰を落としたばかりの煙草をくわえたまま腰を折って姉に顔を近付けた。
「んっ」
顎でしゃくるようにして合図する弟の意図を即座に汲んで、姉もくわえた煙草の先を合わせながら、互いに少しだけ息を吸い込んだ。するとやがて火が移り、二人は緊張の糸か切れたかのように、そろって白い息を吐き出した。
「久しぶりすぎて、あんまり美味しくないわ」
「そうかい」
何度か吸っては吐きを繰り返し、不規則に灰を落とす仕草を挟む。ふと、同時にバケツの上に手をかざしたとき、しばらく黙っていた姉が先に口を開いた。
「その落とし方、父さんそっくり」
彼女は自分の煙草の灰を落とすのも忘れて、弟が灰を落とす手を愛おしそうに見つめていた。それに気付いた彼は短くなった煙草をもう一度吸った後、煙交じりの息を使って感想を言う。
「やめろよ、気持ち悪い。姉貴だって親父が嫌で出て行ったんじゃねえのかよ」
「そうね……」
視線を自分の手元に戻した姉をよそに、また静寂の中に佇むのかと思われた矢先、思い出したように火を消したのは弟のほうだった。
「俺、先いくから。姉貴はもう少しゆっくりしてこいよ」
焦げ茶色の革靴の踵で鎮火した煙草を緩慢な動作で拾い上げてバケツに投げ込む弟。そして彼はそのまま振り返らずに手を振って去って行った。
その背中を無言で眺めていた姉は弟が視界に映らなくなっても、しばらくの間は彼の軌跡を眺めていた。それから火が点いたままの煙草を半分残したままバケツに落とした。
「後ろ姿も、瓜二つなんだね」