Rote Strickmütze
「なあ、今日、暇じゃね?」
「ねー、ひまぁ」
明るい茶髪の青年と赤いニット帽を被った茶髪の少女は、東京・渋谷のど真ん中で、暇を持て余していた。
ブランドもののジャージ上下とスニーカーを着ている青年が、何か面白いことを探して、真っ赤なカバーをつけたタッチパネル式の電子端末をいじる。その隣では、メンズ丈のパーカーを着て、安いショートブーツと真っ赤なタイツを履いた少女が、どこか遠くのビルから飛び立つ鳥の群れを見つめていた。
「あ、ユウカ、これ、ほら、自撮りしとくべ」
「ん、おけー」
まるで気の抜けた炭酸のようなやりとりで、なぜか自撮りをすることにした二人は、顔を近付けて青年の電子端末に付いているインカメラを覗き込んだ。電子端末の画面には、自然に変顔をする二人の様子が映し出される。
「ほい、撮るぞー」
「ういー」
そしてシャッターと思しきボタンを押す青年。
一、二秒の沈黙。
ポーズを取ったままのユウカを放置して青年がタネ明かしをした。
「これ、バインだぜ」
「う、バイーン」
ユウカのセリフに合わせて、青年も「バイーン」と言いながらカメラに向かって、彼女と同じジェスチャーをする。そのひとしきりが終わったところで、青年は撮影したものを確認するために、また電子端末をいじり始めた。青年の端末からは、二人の「バイーン」という声が何度も流れる。
「もー、自分の声やだー」
ユウカは青年の肩を、サイズの合わない余った袖で軽く叩く。
「痛っ、でも面白い顔してんべ」
そう言って青年は編集途中の動画をユウカに見せた。
「うえー、顔もサイアクー」
「いや、ワリとイケてる」
「マ? ショーゴもカッコいいよ」
「あざーす」
テンションが上がりきらない二人のヘラヘラと笑う声が、真昼間の雑踏の中に消える。
「なんか、喉乾かね?」
「たしかにー」
返事を待たずに歩き出したショーゴの後ろを、ユウカは雛鳥のようについて行った。