見えてなかった存在2
実家の階段から落ちて入院中の主人公のもとに再び謎の男が現れる。
「あのオカマっぽいお化け・・・今日また来るって言ってたけど・・・ホントかな・・・」
椅子に座って病室の窓から外を眺めながらぼんやり考えている。
もともと霊感など全くないので、そういったものをこれまで見たことも感じたこともないがオカマの彼に関しては不思議と怖さはあまりない。僕を階段から落とした黒い影の方がよっぽど恐ろしく思える。
今、僕は地元の総合病院に入院している。
自宅から歩いて30分ほどの場所にあるこの病院は母の勤務先でもある。
週4日のパート看護師として働いているのだ。
現在12時20分(そろそろ来る頃かも・・・)
コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
僕が返事をする前に扉は開けられた。
パンツタイプのナース服を着た母のみどりが入って来た。仕事の合間にこうしてちょくちょく面会に来ているのだ。
ショートボブで緩くウェーブがかかっている髪は天然パーマであるが、僕の髪とは違い適度なボリュームでまとまっている。
色白で細身、あまり化粧気はなく切れ長の目が特徴ですっきりとした顔だちをしている。
来年50の大台を迎えるのだが日ごろから周囲にかなり若く見られ、一緒にいた兄とカップルに間違えられたことが最近の自慢みたいだ。
「調子はどう?ごはん食べた?」
手に持っているビニール袋から差し入れの飲みものや僕の愛読している漫画雑誌などを取り出しながら尋ねる。
「大丈夫だよ、昨日よりは全然動けるようになった。」
部屋の窓際においてある椅子に座ったまま僕は答えた。
「よかったじゃない~。なかなか起きないからほんとに心配したよ。ちょうどお兄ちゃんが見つけてくれて助かったわね。」
実家の寺の階段から落ちた僕を見つけて救急車を呼んでくれたのは、兄の温人だ。
大きなケガはないものの全身を打っていて3日ほど眠った状態が続いていたらしい。
頭の右側に傷ができていてそこを数針縫わないといけなかったが、骨折した箇所もなく脳への影響はほぼないだろうという話だった。昨日は思いのほか動かなかった身体も何度か立ち上がる練習をしていくうちにすぐ歩けるようになった。
「もう大丈夫だよ・・・退院っていつできるの?」
「先生の話だと今週中には退院できるって。なんであんなに寝てたのかちょっと不思議だけど特に治療も必要ないからって。」
「そっか・・・。」
「じゃあ、そろそろお母さんは仕事に戻ります。足元に気を付けて転ばないように!」
そう言って母は仕事へ戻った。
ぼんやりと母の後ろ姿を見送ったあと、なんとなく扉の方を眺めているとフワッと人が浮き出てきた。
「わっ!」
昨日よりはかなり小さい声で驚きの声を上げる。
「ごきげんよう、だいぶ元気がでたみたいね。ふふふっ」
昨日の彼だ。ゆっくりと僕の方へ歩いてくる。
さすがに距離が近づいてくると怖いと感じた。
「あぁごめんなさいあまり近くに行くと怖いかしらね」僕を窺うように彼は言った。そして僕の2m先くらいで歩みを止める。
それで少し安心した僕は彼をじっくりと観察する。服装は昨日と同じ。髪は黒くよく見ると緩いパーマがかかっている。目は少し鋭いくらいの印象を受けるが、顔全体のバランスが良いので逆にそれが魅力的だと思う。話言葉がオネエ口調なのが少し意外だが細身でスタイルもよく本当にモデルといっても誰も疑わないだろう。
彼が生きてる人ならば・・・。
「えっと・・・あなたは誰ですか?」
昨日と同じ質問を彼にしてみる。
「自己紹介が遅れました。私は皐月と言います。お話しできて本当にうれしいわ。私を受け入れてくれてありがとう。」胸元で手を合わせ少しお辞儀をするように話す彼。
「受け入れる?どういうこと?」
訳の分からない話に思わず聞き返す。一瞬悪魔との契約とかそう言った危ないオカルトシーンが頭に浮かぶ。得体の知れない彼とその言葉に警戒心が沸き上がる。
「悪魔の契約?ではないわよ?悪魔とは逆の存在と言えば分かりやすいかな・・・。まあ悪い奴じゃないってことだけは信じてほしいな。天地天命に懸けてこれからあなたの味方であることを誓います。」
左手を胸に右手を肩まで上げるポーズをしてにっこりとする。
「頭の中を読めるんですか?」
僕の頭の中にあるイメージを拾って言葉にした彼に驚く。
「ええ、一応ね、でも特別強い思いとか私自身が集中して読もうと思わない限り伝わってこないから安心して?人のプライバシーに土足で踏み込むほどデリカシーのないことしないわ。」
ニコニコしながら顔の前で手を横に振る。
どうでもいいがかなり手の動きがうるさい人である。
彼の目的は何だろうか?存在も謎だらけだが、現れた目的を知る必要がある。
「何が目的なんですか?どうして僕の前に現れたんですか?」
「そうね、お話しするわ・・・でも・・・」
彼が言葉を切った直後
コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「侑、入るぞ」と声がした。
兄の温人だ。
返事をできないままでいるとスーッと扉が開く。
入って来た兄は一瞬目を見開いて驚きの表情を浮かべ無言のまま固まっているように動かない。
「なんだそれ・・・」とつぶやく。
言葉もなく3人で見つめあう状態が数秒・・・
僕が言葉を発しようとしたとき・・・
「ふふふっ今日はこれで失礼するわ。そうね今度はあなたが退院してから自宅でゆっくり話しましょう。お兄さんによろしくね。じゃ!」そう言って皐月さんはフワッと消えてしまった。
読んでいただきありがとうございました。