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夕暮れに少年は想いを受け取る。

 空は鮮やかな茜色に染まり、吐く息までもが赤く色付いているかのような夕暮れ時、僕は彼女に呼び出されて、人気のない静かな公園で佇んでいた。

 突然彼女に呼び出されて、これから何が起こるのか不安だけれども、同じくらいに期待してしまっているのも確かだった。

 もしかしたら僕はこれから告白をされるのではないか?

 そんな先走った思考が頭の中でぐるぐると巡って、ろくに落ち着けなくて、何度も何度も携帯で時間を確かめていた。

 約束の時間まであと五分もないのに、気を紛らわそうとしてまた携帯の画面を眺めていたら、小さく砂を踏む音が聞こえた。

 それは僕の後ろの方、長く伸びた僕の影の先に彼女はいた。

「待たせちゃったかな?」

 夕日に照らされ少し赤らんだ彼女の表情は優しく微笑み、僕を見つめていた。

「あ、いや、待っていないよ」

 手にしていた携帯を急いでポケットの中にもぐり込ませて、彼女の方へと向き直る。

「私の方が呼んだのに、待たせちゃってごめんね」

 微笑みながらも彼女の表情が少し申し訳なさそうに曇ったのが見えて、僕は慌てて言葉を絞りだす。

「いや、本当に全然待っていないから安心して!」

 まだそうとも決まったわけではないのに、一人で勝手に期待して、舞い上がっている僕の姿は我ながら可笑しかった。

「そう、ならいいのだけれど」

 くすりと彼女は笑みを零していた。

 静かな公園という環境も相成ってか、とても穏やかな時間が流れているような気がした。いつまでもこうして和やかな空間に浸っていたいとも思ったが、それは彼女の言葉で終わりを迎える。

「それで呼び出した訳なのだけれど……」

 先ほどまで微笑んでいた彼女は急に俯いてゆっくりと僕の方へ歩みを進めてくる。

 一歩、二歩と進むたびに距離は縮まり、僕の影を踏みながら手を伸ばせば触れられる程に近づいた。

「あなたに渡したいものがあるの」

 そういわれて僕は初めて彼女が後ろ手に何かを隠しているのに気が付いた。

「受け取ってくれる?」

 何をくれるのかはわからなかったけれど、彼女が僕にプレゼントしてくれるものを拒む気には慣れなかった。

「うん、ちゃんと受け取るよ」

 今までまともに見れていなかった彼女の目を見つめながら、しっかりと頷いた。

 僕の言葉を聞いた瞬間、わずかに強張っていた彼女の表情が優しい柔和な笑顔に戻ったように見えた。

「これをあなたにあげたかったの」

 緊張を押し殺したかのような、震える声で渡されたのは小さな花束。

 お手製のラッピングに包まれているのは、白い花弁を下向きに垂らしながら咲いている四輪の花。

 まさか花をプレゼントされるなんて思いもしていなかったせいで、受け取った小さな花束を見つめながら茫然としていた。

「その花はね、スノードロップっていうの」

「へぇ、そうなんだ」

 花のことはよくわからないけれど、名前の通り落ちた雪のように真っ白で綺麗な花だと思った。

「花言葉はね、希望なの」

 小さな花を見つめながら彼女の言葉に耳を傾ける。

「これからすることに希望を持ちたくて、二人の想いが重なりますように希望を込めて、この言葉と一緒にあなたに贈ります」

 そこまで言われて、もしかしてと僅かに抱いていた希望が叶いそうな気がして、自然と彼女を見つめていた。

「あなたのことが好きなのです。私と付き合ってくれませんか?」

 赤く染まった表情で、潤んだ瞳で告げられた言葉は、僕が期待していたものだった。

 だから返す言葉なんて決まっている。

「僕でよければ」

 期待してしまっていた時点で僕の気持ちは固まっていた。

 そして、彼女も安堵したのだろうか、小さく息を吐いてから笑みを零した。

「よかったぁ」

 その笑顔を見てなんだか僕の方も自然と口元が緩んでいた。

「もう一つ渡したいものがあるのだけれど、一つだけお願いしてもいいかな?」

 これ以上まだあるのか、と内心で驚いたけれども、彼女のお願いだ。断るわけがない。

「うん、いいよ」

 僕にできることなら大概のことはするつもりだ。

「あのね、後ろを向いて欲しいの」

「えっ、それだけでいいの?」

 そんな大仰な決意をしただけに頼まれごとが実にあっけなくて少し拍子外れだった。

「うん、お願い」

「わかったよ」

 応じて振り返れば、夕日が僅かに顔を覗かせるばかりで夜がすぐそこにまで迫っているのが見て取れた。

「ありがとう」

 息の掛かる程の近く、耳元で囁かれた声がくすぐったくて身体が震えた。

 左肩に触れた彼女の手のひらの間隔、背中に伝わる温かい感触に思わずふらついていた。

「大好きだよ」

 脳までとろけてしまいそうな甘い言葉に、膝からも力が抜け行くようだった。

 そんなことをしている間にいつの間にかに夜がきたのだろうか。目の前は真っ暗だけれども、背中を伝う温もりが心地よかった。

 彼女に抱きしめられているこの時間、それは何とも幸せなのだろう。



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