上品ぶったこざかしい奴ども
「まぁ、なんて子や」細面の上品な化粧をした50近くの女が言う。
「末恐ろしいおますな」
「こどもやから、何がなんだかわからんと、投げつけたんやろ」
「しかし」一人の中では上品そうな顔をした男が腕を組む。
「この界隈では手のつけられん暴れん坊やというやないか。」
「兄貴の方はそら大人しいもんやけどな」
「兄貴はいくつや?」
「16や、確か」
「とにかくこの子らをなんとかしてあげないといかんのと違う?」
「そやけど、うちも手いっぱいやしなぁ」
貸本を読んでいるふりをしていても、話し声は嫌でも耳に入ってくる。
本当に無神経な奴らだ。
子供だからわからないと思い込んでいるんだ。
でも、大人が思うほど物知らずなわけがない。
のほほんと生きてきた、あんた達よりはよほど僕の方が物がわかる人間や。
自分とは縁の遠い、綺麗な着物を着て話し合っている奴らの方が、僕らよりもよほど汚い神経の持ち主なんや。
話はあっちの家、こっちの家に飛び、お互いが誰かに押し付けようとしていた。
そうか。親を失った子供は「お荷物」でしかないんや。
僕はその事実をはじめて感じ、心がズタズタに裂けるような衝撃を受けたのを覚えている。
僕は外に出た。
家からしばらく離れたところまできて、やっと我慢していたものを、ひっくひっくとしゃくりをあげた。それでも絶対に涙は流さないようにした。
「どうしたん?」
サチ子という9歳の女の子が声をかけてきた。
「なんでもない。ちかよらんといて」
「なんでもないて嘘や。」
サチは僕の背中をさすった。
「な、川辺まで連れてって」
「しゃあないな。一人でいけんのやろ」
「そうや。うち方向音痴やけえ」
どうにか「泣く」というはめにならんと心も落ち着いてきた。
サチと僕は川辺に座って、流れる水を眺めていた。
「なぁ」
「うん?」
「どっか遠くに引っ越すん?」
「なんでや」
「うちのお母ちゃんがそういうてたから。誰か親戚の所に貰われて行くんやろなって…。」
僕は立ち上がって小石を川に投げ入れた。小石はぽんぽんぽんと、三段跳びで跳ねていく。
「どうせ孤児院にでも送るんやろ。」
「なんで?」
「別にええねん。あいつ等は俺らがきてほしくないねん。」
「そんなんやったら、親戚なんかいらんな」
「ええねん。俺は誰もいなくても生きていけるねん。」
「ご飯はどうするん?」
「生えてる草あるやんか。あれを食べたら生きていけるやん。」
「それもそうやな」
サチの目が楽しそうに輝いた。
実際は草だけじゃ生きていけないのだけれど、その頃はそんな事は知らなかった。
ただ、これだけは確信があった。
僕はどうやったって生きていける。
必ず生き抜いていけるんだ、と。