捕獲:容疑者No.1アステリスク
「……とまあ、冗談はこの位にしておこうか」
次の瞬間には、先程までの異様な雰囲気をすっかり引っ込めた深楽は、改めて指を立てた。今度は中指と人差し指と薬指。三本だ。
「改めて、容疑者は三人。僕とノア以外の誰か。でも残念ながら、僕たちは彼らの名前すら知らないから、現時点では誰が殺人鬼なのか推測のしようがないね」
それから長い睫毛に縁取られた目を少し伏せて、呟く。
「……やっぱり接触を試みるべきかな」
「駄目だ。ダメダメ」
とんでもないことを画策している深楽に、俺は焦った。そんな危険な真似をさせる訳にはいかない。
「こっちから会いに行くなんて危険すぎるだろ」
「でも、情報がなければ判断できないよ。確かにこっちから会いに行くのは得策ではないだろうけど」
「やっぱり、敵を見つけ次第俺が物陰から射殺するのが一番あんぜ……」
深楽の目が怖かったので口を噤んだ。ああ、深楽がもっと自分勝手な非平和主義者なら、俺も躊躇うことなく敵を皆殺しにしたのに。そんな深楽は最早俺の知っている赤月深楽ではないのだから、考えるだけで無意味な空想なのだけれど。
「とりあえず、他の三人についての情報を集めるところから始めよう。射殺はともかく、物陰から相手に見つからないように観察するっていうのはいい案だと思うよ。無駄にノアの電力を食わせたくもないしね」
『だがマイマスター、言ってる傍からそれは難しくなってきているぞ』
アナザーノアの危険信号に、その場の空気が一気に凍りついた。
〈ノア、感じているな〉
ああ、当然だ。聴覚システムが微細ながら足音を拾った。体温反応の感知ができればもっと早く気づいたのかもしれないが、これでも十分だ。
食堂の入り口から一番近い階段を降りてくる音。人数は一人。接近してきている。
「深楽は隠れててくれ。大丈夫、殺しはしない」
「――お前が殺されそうになったときは、躊躇わず殺して。いいね?」
アンドロイドのに壊されることはあっても“殺される”なんて概念はないのに、深楽は冗談抜きの真剣な声音で念を押した。そんな些細なことだが、愛されているような気がして、こんな状況なのに口元が緩んだ。
力強く頷くことで返事をした。勿論だ、深楽をここで一人になんてしない。
「粒子変換開始。形状:腕部より形状:発射口へ」
小さく唱えると、戦闘モードへの切り替えが開始する。人間に近いアンドロイドから、兵器に近いアンドロイドへと切り替わっていく。
普段から首にぶら下げているゴーグルを頭に付けた。標準が乱れるので今は付けない。俺の目は獲物に標準を定める照星だ。肉眼でなければ精度が落ちてしまう。
右腕が徐々に作り変えられていく。人間を模した五本の指は消え、硬く機械的な無機物が姿を表す。俺の本性が剥き出しになっていく。
〈粒子変換完了だ。現在のエネルギー残量は51パーセント。使い過ぎると稼働できなくなるぞ。ビームは時間に換算すると二十秒分が限界だ〉
大丈夫、いきなりぶっ放したりなんてしない。それだけあれば十分だ。
まだ充電が終わっていないが、問題ない。相手は生身の人間だ。戦闘用に作られた兵器の俺との差は歴然だろう。躊躇なく充電のコードを身体が引き抜いた。尾骶骨がすうすうする妙な感覚には慣れない。
ちらりと深楽を確認すると、頼んだ通り購買のレジカウンターの陰に身を潜めていてくれた。一瞬だけ視線が絡み合い、すぐに解けた。
足音が近い。もう、深楽の耳にも聞こえている距離だろう。俺も物音を立てないように細心の注意を払いながら、テーブルの下に滑り込んだ。
全神経を集中させて、相手の気配を感じ取る。
バタン。
ついに扉が開かれた。足音に変化はない。大丈夫、気付かれていない。
一歩、また一歩と近づいてくる。もう少し、もう少し――
〈今だノア。撃て〉
アナザーノアの言葉を最後まで聞き終わる前に、荷電粒子がレーザービームの形をとって、青白い閃光を放った。直後、向こう側の壁に直撃し、派手な破壊音が響き渡る。
「うわあっ!? 急に何、え……ってえええ!?」
思いがけない奇襲と、テーブルの下から現れた俺の姿に、足音の主は情けない声を上げた。
男だ。歳は深楽と同じくらい。制服を着ていて、腰は引けまくっている。どうやら一般人らしいが気は抜けない。一般人を装っているだけで、反撃が来るかもしれない。
およそ五メートルの男との距離間を一気に詰めた。男は動揺しているが足が竦んで動けないらしい。逃げられないのをいいことに、すぐにそいつの首の根っこを引っ掴んで捕まえて、頭に俺の右腕――今しがたの一撃で熱を持っているレーザービームの発射口を突きつけた。
「ひぃっ殺人鬼!? なっ何何何ですか!? ちょっと待って俺は赤月深楽じゃないから! 俺を殺しても意味ないってっ!」
レーザービームの威力を思い出したらしい男は、発射口から逃れようとじたばたもがく。だが俺が逃す筈もなく、発射口と男の頭部はぴったりとくっ付いたままだ。
〈ひゅう。恰好よかったぞ、ノア。深楽にいいところを見せられたよかったじゃないか〉
五月蝿いぞアナザーノア。大体、ただの一般人に俺が遅れをとる訳がない。
男が妙な行動を取れば一秒も掛からないうちに頭にぶち込める体勢を取れたので、深楽に声を掛けた。
「待たせたな。もう出てきても大丈夫だ」
「お疲れ、ノア。かっこよかったよ」
身軽にカウンターを飛び越えて出てきた深楽は、にっこりと微笑んで賛辞を贈ってくれた。〈何故私が褒めても罵倒するのにマイマスターが褒めると照れるんだ〉と、アナザーノアが抗議してきたがスルーする。
「こいつ、どうする? 撃ち殺すか」
「ひえっ!?」
「駄目だって言ってるでしょ?」
「分かってるよ。今のはちょっとした冗談だ」
「ほっ……」
「全くノアはお茶目なんだから。そもそも殺す前に持ってる情報洗いざらい吐かせるのが鉄則だよ?」
「…………ふぇ?」
「そうだったな。レーザービームの根性焼きでいいか?」
「こんじょ……?」
「いいけど、ノアの火力だと根性焼きする前に焼き切れて、腕とか切断しちゃわない?」
「ふええええ!? 待って待って待って!」
俺と深楽の会話に挟まれて涙目の男を、俺たちは改めてそいつに注目した。
見るからに頭の悪そうな赤く染められた髪といい、左右にそれぞれ二、三個空いたピアスといい、全体的に軟派な雰囲気。
だがそれに反して、今は情けなく顔を歪めて発射口に怯えている。容姿と現状が不釣り合いで滑稽だ。
〈そろそろ本気で彼の処遇を決めた方がいいのではないか? 失禁されたら困るだろう〉
なんだその笑えない類いの冗談は。
思わずぞっとして男を突き飛しそうになった。だが確かに、このまま脅し続けるのはあまりよくない。
俺は深楽と一瞬のアイコンタクトを交わしてから、男に話しかけてみることにした。
アナザーノアについて
〈この表記の場合はノアにしか私の声は聞こえていないぞ〉
『こっちの表記の場合はノア以外とも会話が成立する。謎仕様だがシステムと思って割り切ってくれたまえ』
分かりにくくてすみません。