ゼロ時間後の出来事:そもそも時間が動かない
もうすっかり電池切れで動けない俺を肩で担ぎ、真夜中の校舎を進んでいく。
俺を支えるその身体からは、静かに赤黒いものが流れ出ていて、これでは居場所を知らせているようなものだ。すぐに追っ手に嗅ぎつけられしまう。そんな、ただでさえ逃亡が絶望的な状況なのに、マスターはほぼ使い物にならなくなった俺を捨て置くことはしなかった。
「今、少しでも自分を捨てた方が効率的だとか思ったなら、ぶん殴るよ」
いつも穏やかな彼らしくない物言いに、胸が苦しくなった。アンドロイドに心が搭載されているかは分からないが。
彼にここまで言わせてしまったのに、俺は恐らく、彼の想いに報いることができない。俺が活動できる残り時間は、あまりにも少ない。エネルギーも足りなければ、機体の損傷も激しい。
「お前は何も考えなくていいんだ。サーバに接続できなきゃ計算もままならない馬鹿なんだから、黙って僕の言うことを聞いていて。僕の方が頭いいし、お前のマスターは僕だ」
「…………深楽」
「なに、ノア」
「……俺が、深楽を守る」
――誓う。今日までマスター・赤月深楽に生かされたこの命。活動限界までの全ての一瞬を、深楽を守るためだけに捧げると。
「…………ばぁか」
深楽の泣きそうな囁きが愛おしかった。