#9 は? 好きな奴がいるとか許せねーな
「伊庭スイコさんには好きな人がいます」
開口一番、ホウカが衝撃発言をかます。
「は?」
「ほう」
俺と阿法はそれぞれ感嘆の声をあげる。
「伊庭スイコさんの身辺調査及び彼女の友人からの調書によりますと、同じクラスの栄坂という男子生徒のことが好きなようです。今はまだ友達未満の関係のようです」
「はぁぁぁぁーーーーーーーー??????? ふっざけんなぁぁぁぁ!!!! なんで好きな奴がいるんだよ。あり得ないだろ!!」
ホウカの冷静な報告に俺は発狂する。ここが誰もいない屋上で良かった。
「落ち着きたまえ。何を言っているのだ、君は。年頃の娘だ。好いた奴の一人や二人くらいいて当然だろう」
年頃の娘って誰の立場で喋ってんだよ。お前も同じ歳だろうが。
「恋なんかにうつつを抜かしてんじゃねーよ。学校は勉強の場だぞ」
「君が言っても何の説得力もないがね」
お前もな。
「いや、勉強はどうでもいい。あいつには何の足しにもならん。それよりも音楽が疎かになるだろうが。ド下手の分際で」
「伊庭スイコさんに音楽を辞めさせようとしている人の発言とは思えません」
「うっせぇ」
「ほう。それは本当なのかね?」
阿法があごに手を当てて、ホウカの言葉の真偽を問う。
「ええ。ところであなたは誰ですか?」
ホウカは胡散臭そうな表情で阿法を睥睨する。
ホウカが俺に話があるというので屋上に行こうとしたら、阿法も勝手についてきたのだ。
「私はこの男のクラスメイトで、阿法という。うぬこそ誰だ」
「うぬではありません。青連院ほうか様です」
「ほう。君があの青連院の人間か。この学校にいるとは知っていたが」
「おい、知ってるのか」
「SRグループ総帥の娘で、こんな片田舎の公立高校に入ってきたことが当時話題になった。確か生徒会長のはずだ」
へぇ、このイカレ頭はいいところのお嬢様だったのか。どっかで聞いた名前だと思ったら、あのSRグループか……。
うん。まあ今はいいか。
俺は改めてホウカを見る。
「こいつもいつの間にか協力してもらってるから仲良くしてくれ」
「これ以上増えないでしょうね?」
「増えない増えない。俺友達とかいないから」
二人が哀れむような面で俺を見る。ほっとけよ。
「それでスイコの好きな奴ってどんな奴だよ。どうせサッカー部のエースでイケメンで勉強も出来て、さわやかなクラスの人気者なんだろ? そいつ潰そうぜ」
俺はスイコに好きな奴がいる事実が気に入らなくてムシャクシャしていた。
「穏やかではないな」
「嫉妬は見苦しいです」
ホウカは紙面に目を落として、報告の続きを読み上げる。
「伊庭さんの好きな方についてですが、園芸部に所属していて、顔は強面で人からは避けられている。勉強はそこそこ出来るが、愛想はなく、友達もそれほど多くない、となっています」
「全然違うじゃねーか」
「B組の中でも上位の方で来年にはA組確実だそうです。因みにわたくしはS組のトップです」
聞いてねーよ、そんなこと。
「とりあえずそいつが気に食わないから何とかして取っちめたい」
「清清しいほどの下衆ですね。いいでしょう。わたくしに考えがあります」
ホウカは何か良からぬことを企んでいる悪意に満ちた表情をしていた。
☆
人間はピンチになった時にこそ本性が明らかになる。
ホウカのゲスい作戦とは、スイコとスイコの好きな男である栄坂が一緒に帰っているところを不良に絡ませる、というものだった。
「おい。スイコに何かあったら許さんぞ」
ホウカから話を聞いて、俺はその作戦のはらむ危険性を指摘する。
「リスクなしにリターンは得られません。これで伊庭さんが栄坂某を見限れば、それで良いのでは?」
う、確かに。
「栄坂が実は喧嘩が強くて、軽く不良を撃退する。結果として伊庭スイコがより惚れこんでしまう、というオチにならないといいがな」
阿法が懸念材料を提示する。
「それはないです。虫一匹殺せない平和な人間だそうです。運動系の部活に所属していたこともないですし、他に何かを習っていることもありません。補導歴もない品行方正な生徒です」
「それは安心だな」
阿法も随分と悪い奴だな。
ここは駅前の繁華街の一角。スイコと栄坂はここを通ることになっている。この前スイコの家に行った時に通った道で、栄坂の通学路でもあった。
俺たちは建物と建物の間の狭い路地に身を隠していた。
「伊庭さんの友達に一計を案じてもらい、伊庭さんと栄坂某が一緒に帰れるようにしました」
「不良の用意はどうするつもりかね?」
今見かける限りでは、コンビニやゲーセンの前にたむろしている学生はそこそこいるものの、不良っぽい外見の方々はいらっしゃらない。
「もう少し待っていて下さい。じきに集まってきます」
本当にこんなことをして良いだろうか。良いわけないが、栄坂とかいう役得野郎には痛い目にあってもらって、スイコが離れていけばそれで解決だ。
まもなく一目でヤバイと思わしき奴らがワラワラとやって来た。その集団はゲーセン前に立ち止まり、煙草をふかし始める。その場にいた学生たちは、蜘蛛の子を散らすようにどこかへ去っていく。
全部で六人。全員が学生服をだらしなく着崩している。金髪が三人。茶髪が二人。一際背の高い坊主男は体格もよく、顔も厳つい。
「よくこのゲームセンターの前にいて、客から金を巻き上げているらしいです」
「許せねえ悪党どもだな。通報しよう」
「それでは伊庭さんと栄坂某の関係はそのままです」
「そうか、それは駄目だ。栄坂がボコボコにされてから通報しよう」
「私には君の方が悪党に思えるのだがね」
軽音部の活動が終わるまで、スイコの友達が栄坂を引き止めることになっていたので、後三十分ほど時間があった。
俺は近くのコンビニでおでんを買ってきて二人におすそ分けした。阿法は俺の分までガツガツと食う。ホウカが胡散臭そうにおでんダネを見ていたので、無理やり大根を食わせた。予想に反して好評だった。俺は汁だけすすった。
「でもさ、あの不良たちが都合よく栄坂に絡んだりするのかよ」
「彼の友達が言うには、栄坂は気の優しい男だが、目つきが悪いから人に絡まれやすいようです」
ホウカは一枚のスナップ写真を差し出す。
中学校の校門を背に母親らしき人物と写っている制服姿の栄坂だった。背丈は百七十くらいか。確かに目つきは良くないな。しかしどこにでも居そうな朴訥な少年と呼んでもしっくりくる。写真からの第一印象はそんな感じだった。
「来たようだな」
見張っていた阿法の声が緊張感を帯びた。
まだ遠くではあったが、一組の男女が確認できる。女の方がギターらしきものを背負っているのでほぼ間違いない。
「さっきも言ったけど、お前らは手出しするなよ。栄坂がボッコボコのぎったんぎったんにされるまで待つんだ」
「君がそうしろというならば、手は出さないがね」
「出すわけないでしょ。こんなわくわくを台無しにされたくないわ」
「ちょっと、勝手にわたくしの代弁をするのはやめて下さい。そんなこと思っても…………ないことはないですけど」
素直じゃないか。
不良たちは相変わらずその場に佇んでいる。彼らのターゲットはゲーセンから出てくる客なのか、やって来る二人にはまだ気付いていない。
スイコと栄坂が並んでやってくる。スイコはガチガチに緊張しているせいか、歩き方がぎこちなく、下を向いている。二人の間には若干距離があった。
あ、これはまずい。
俺が気付いた時には手遅れだった。
下を向いていたスイコは前の不良に気付かず、道に広がっていた不良の一人とぶつかる。
ぶつかったと言っても衣服同士が擦れた程度のことで、まったく実害はない。あ、すいません、程度で済む話だった。普通なら。
「あん? てめえ今俺にぶつかっただろ」
が、そんなことが通じる相手ではなかった。
「あ、済みません」
よそ見していたスイコはやっと金髪眉なし小僧の存在に気付く。
「すいませんで済んだらよ、警察はいらんとよ!」
どぎつい方言の甲高い叫びに、他を向いていた不良も注目する。
あのクソガキが。作戦じゃなかったら即半殺しにしてやるのに。
「うわぁ骨折れたわ。これはイシャリョウ高くつくっちゃーよ」
金髪眉なしは左腕を押さえて痛がる振りをする。
いや、ぶつかったのは右腕だろうが。
「おい、そこのガキ。何をガンくれてんだよ、お?」
鼻ピアスをした茶髪が栄坂に因縁をつける。
栄坂は俺たちに背を向けていて、表情が読み取れない。
「あー! 聞こえねーんだよ。もっとシャッキリ喋れや!」
当然、俺たちにも栄坂が何を言ったのか聞こえない。
鼻ピアスは栄坂に近づくと、いきなり胸倉をつかみにかかる。栄坂はのけぞって倒れそうになる。
「や、止めて下さい」
スイコが慌てて鼻ピアスの暴行をやめさせようとするが、鼻ピアスは続けざまに栄坂の顔を殴りつける。
栄坂は勢いよく倒れる。
よし! 俺は思わず心の中でガッツポーズをする。
「女はこっちこいよ」
背の高い坊主が栄坂に駆け寄ろうとしたスイコのギターをストラップごと引っ張る。
その勢いでスイコはよろめいてその場に膝をつく。
「あっ」
後ろでホウカの声がした。
俺はいつの間にか音もなく飛び出し、デカ坊主にタックルをかましていた。
坊主が倒れたところで反撃の隙を与えず、顔面を殴りにかかる。坊主は両手で顔を守ろうとするが、その一つ一つの仕草が俺をイラつかせた。
いきなり後頭部に激しい衝撃が走り、目の前が真っ白になる。
何やってんだろう、俺。
俺はそのまま意識を失った。